2016年【隼人】45 声にならない叫びだった

「オレにも夢がありますよ」


「だったら、死ぬのは勿体ないんじゃないかしら。そんな暇はない。立ち上がらないと」


 立ち上がる第一歩は、部長から教わったばかりだ。

 方法は分かっていても、実行するには勇気が必要だ。


 遥に話すのとはちがう。

 あいつ以外に語るには、途端にハードルが上がってしまう。


 部長は笑わないとは思う。

 だとしても、簡単に秘密を安売りできない。


「まだ夢を口にする自信がないみたいね」


「そりゃそうですよ。だって、オレは部長とちがって、まだなにもしちゃいない」


「私だってたいしたことはしていないわよ。だって、屋上で湖を見張りはじめたのも、今月に入ってからなのよ」


「意外と最近なんですね。でも、それでもオレよりは先を進んでますよ」


 七月に入って二週間は経っている。

 短い期間だけでも、夢を追っている先輩という事実に変化はない。偉そうなものいいをする権利を、彼女は持っている。


 部長は隼人が目指すべき道の上を先行して歩いている。

 ポニーテールが尻尾のように揺れているのを、隼人はスタートラインに立てずに眺めている状態なのだ。


「もっとも、それまでは湖に水棲UMAがいなかったという確信があったからでもあるんだけどね」


「その言い方だと、七月に入って、いきなり萬守湖に水棲UMAが産まれたから見張り始めたってことですか? それとも、夏の時期の水温でないと顔を出さないとかいう生態があるとか?」


「それらも面白い可能性だけど、ちがうわ」


「じゃあ、なんで」


「セイブツ部の初代部長が、岩田屋町に戻ってきたの。彼が岩田屋に戻る直前までにいたのが、サキッぺ岬というところなんだけど」


「どこですか、それ。日本に、そんなところありましたっけ?」


「大陸の地名だから、知らなくて無理ないわ。でも、そこを知ってる人は口を揃えていうわ。あの地域では、湖の水棲動物を神として崇めているってね」


「水棲動物?」


「ネッシーみたいな生き物らしいわ。それを、あの男は連れて戻ってきたの。そして、おそらくは萬守湖に放流したはず」


「てことは、オレがここで見たあれは」


 部長との会話のやりとりで、隼人は自然とそんなことを口にした。

 第一歩を踏みしめたことを喜ぶように、部長は凛とした表情のまま笑みをこぼす。


「ようやく、隼人の心の声が聞けた気がするわね」


「もしかして、気づいてたんですか?」


「そんな気がしてたってだけ。私にも『計算』できないことはある。とくにUMAのこととなると確信は持てないのよ」


「よくわかんないんですが、オレの夢がなんなのかってのは『計算』できてるんですか? もし、あたりがついてるんなら、オレが言う必要は」


「あなたの口から、生きた言葉で教えてもらいたいの」


 隼人の言葉で伝えてほしい。

 この夢は、遥にだけ話してきた。特別なものだ。

 遥がいないところでは、外に出るのを怖がるように、心の奥で隠れているようなか弱いものなのだ。


 さらに最悪なことに、いまの隼人の心の中では、悲しみの音が広がっている。

 それらに大事な夢は押しつぶされている状態だ。

 そんな弱々しい夢に手を伸ばしてくれたのは部長で、叫んでいいのだと教えてくれた。


「オレはUMAを捕まえたい!」


 ひとたび口にすれば、心の中に広がる悲しみの音が聞こえなくなった。


「この眼で見た湖のUMAを捕まえたい! そのためには、なんだってしてみせる!」


 人間には心がある。心には悲しみがあり、その果てにしか見えないものがある。

 最愛の幼馴染みに恋人が出来たからこそ、夢が希望という名を冠して浮き彫りになる。

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