第3話

「見ろ! 祠に向かって鵺の土偶が向けられている。そうだな、先生」

「うーん、土偶の向きまでは論文を見直さないとわからないな。方角は大学のほうなのは確かだけど」

「でも、そんなふうに見えるだけやないの?」

「見えなくもないが、とにかく、土偶が石像に向けられているのは間違いない!」


 確かに紙に書かれた位置関係からすると、土偶の向きは大学のあるいらず山に向けられており、埴輪はその土偶を囲むように無数に置かれている。


「石像が鵺の最後の封印だ。八束の剣で石像を割れば、八束の剣の封印も解けて、鵺は完全に復活する!」

「ならば、早う封印を解かぬか!」


 巨大レッサーパンダが満夜の背後に立った。


「レッサーパンダちゃんの姿が変わるのはいやだなぁ……」

「そうですねぇ……もふもふしたいから可愛いんですよねぇ……」


 鵺の今の姿に未練たらたらの八橋と菊瑠がため息をついた。


「それにしてもなんで鵺なのにレッサーパンダなの?」


 今更ながらに美虹が訊ねた。


「それだが、俺が思うに封印を解かれてないこいつは実体に限りなく近いエネルギー体なのではないかと思っている。幽霊もそうだが、ああいった実体のない存在は一種のエネルギー体として存在しているのだ。だから、人によって見え方が変わる場合がある。鵺はおそらく俺の知識を反映した姿で封印を解かれてしまったのだ。最初は崇徳天皇の怨霊だと思っていたが、オレは父ちゃんの残した文献のどこかで、こいつが鵺だと言うことを知っていたのだろう」

「あんたが想像してたものがみんなには見えてるていうことなんか?」

「そうだ。俺も後で思い出したが、とある学者が鵺はレッサーパンダだったのではないかと言うことを書いている。あまり広く知られた話ではないがな。中国から輸入された実在のレッサーパンダが京の都に逃げたという説だ。荒唐無稽だが、当時あの姿は珍しいものだったに違いない。それに日本在来の動物では例えようがないからな」

「確か、猿の顔、たぬきの胴体、虎の手足、蛇の尾やったかな」

「うむ! 凜理も勉強をして賢くなったな!」

「その一言は余計や!」

「大きさまで言及はしていなかったから、京の都の人々は小さくてもするする木に登っていくレッサーパンダを見て奇怪に感じた可能性はある。それにもふもふしていて可愛いというのはこいつにふさわしくないしな!」

「えー、もふもふちゃんは大きくても可愛いですぅ!」

「そうだよ。レッサーパンダちゃんはどんな姿でも可愛いしもふもふだ」

「おまえ達にとってはな! しかし、こいつがどう思っているかは一目瞭然だろ!」


 可愛いとかもふもふと言われる度に眉間にしわを寄せているレッサーパンダは、例えようもなく可愛い。いくら尾が蛇で、八橋の頭を丸呑みしようと揺らめいていても、こいつらにとっては本望かもしれない。


「では封印を解くとするか?」


 満夜が神妙な顔つきでみんなを見た。


「いつでも良いぞ」


 鵺も満夜の背後で箱から出された石像を見つめた。

 みんな固唾を呑んで、石像に目をやる。

 息づかいだけが聞こえてくるなか、祈祷所の窓ガラスを大粒の雨が叩き始めた。その雨がだんだんと酷くなり、周囲を取り囲む。雨のバラバラという音が、いつしかバンバンという音に変わった。

 それまで石像を眺めていたみんなが顔を上げて外を見た。稲光が雲間を走り、暗雲が垂れ込め、ひょうが降っていた。


「雹だと!?」


 いきなりの天変地異に驚いていると、それまで黙っていた美虹が口を開いた。


『あなた方、ぼやぼやしていると大変なことになりますよ! 封印がなくなった黄泉の出口に向かってヨモツシコメが殺到しています。今はわたくしの力で止めていますが、いつまでつかわかりません。早く封印を元に戻すのです!』


 それは黄泉にいるはずのいざなみの声だった。


「いざなみ!? それはどういうことだ」

『あなたが次々と封印を解いていった後、わたくしが穴の開いた場所を塞いでいたのです。最後の封印の八束の剣を封印場所から取り除いたおかげで、さらにヨモツシコメの力が強くなりました。もうこれ以上わたしだけでは防ぎきれないのです!』

「ぬぅ! それは抜かった! あの夢は正夢だったのか!!」


 満夜の脳裏に、いつぞやの夢の風景が蘇った。


「満夜……うちもこれと同じ状況の夢見た覚えがある!」

「なに!? 凜理も見たというのか……それではますます今の状況はヤバいと言うことだな……鵺の封印を今すぐに解いて、鵺に平坂を守らせるしか方法はないのか……」

「そういうことだな、わっぱ。今すぐに封印を解け」

「封印を解かずにすむ方法を考えていたが、これはやむを得ない……この八束の剣で、石像をたたき割る!」


 満夜は傍らに置いていた八束の剣を手に取り、テーブルの上の石像に向かって力一杯振り下ろした!


 バギャッ!!


 すさまじい音を立てて、一枚板の厚いテーブルが真っ二つに割れた。畳の床にテーブルの割れた断面が突き刺さっているが、石像にはキズ一つ付いてない。


「ぬううう! これはどういうことだ!?」


 満夜と鵺が悔しそうにうなっていると、八橋がひらめいたように言った。


「もしかすると封印を解く条件がそろってないとダメなのかな!?」

「どういうことだ、八橋先生」

「満夜くん、黄泉の入り口のある蛇塚へ行くんだ! そこでなら封印を解くことができるかもしれない」

「そうか! 鵺は元々蛇塚を守っていた。六芒星の中心は蛇塚だ! よし! みんな、蛇塚へ行くぞ!」


 オカルト研究部部員全員、上着を手に取り、天ぷらを持って来た光子の制止も聞かず、走って外に出た。雹が痛いほど頭上からふってくる。


「いたっ、いたいた!」


 耐えきれなくなって全員玄関に舞い戻り、おのおの傘を手にして再び外へ駆け出した。

 外に出ると開いた傘に雹が落ちてきてドラムのようになっている。

 めちゃくちゃに叩かれるドラム音に合わせて蛇塚に向かったが、空は赤黒く染まり、周囲から公園に向かって不穏な雷がとどろいている。

 どす黒い雲に紛れて巨大な灰色の人影が垣間見える。


「ヨモツシコメだ!」


 満夜が叫んで足を止めた。

 雷の轟音だと思っていたものはヨモツシコメの踏みならす足音だった。


 どおぉおん! どおぉぉんッ!


「いかん、このままだと町中が踏み潰されて人が襲われてしまう!?」


 満夜はきっと凜理に目をやり、


「今こそ戦闘部員の出番だぞ! 凜理、できるだけヨモツシコメを郊外へ追いやるんだ! 鵺、おまえは守護神だろう! 平坂町を踏み荒らされたくなかったら、稲妻でヨモツシコメをやっつけるんだ!」

「えらそうに命令しおって……これは貸しだからな!」

「本来のおまえの役割に貸しも借りもあるか!」

「ぬう……!」


 悔しそうに鵺はうなったが、すぐさま空へと飛翔輪で駆け上がっていった。瞬く間に雷雲が鵺の体を包み込んだ。


「満夜、うちもどれだけ防ぎきれるかわからんけど、精一杯やってみる!」

「凜理はオレたちと一緒に蛇塚に来てくれ! 蛇塚に近づくヨモツシコメの気を反らしてくれるとありがたい!」

「わかった」


 五人は雹の降る中、蛇塚を目指して走った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る