第8話
夕飯を済ませて風呂から上がった凜理は、スマホを手に、竹子から聞いた話を満夜に知らせるべきか迷っていた。いつもなら、知らせるに値しないと思って無視するのだが、今回は人の生死が絡んでいる。知らせないわけにはいかなかった。
スマホから満夜に電話をかける。
『凜理か、何の用だ?』
「身代わり観音のことなんやけど……」
『何か新情報か!』
「うん。竹子おばあちゃんに話したら、身代わり観音は別名人喰い観音って呼ばれとるいうてたわ」
『人喰い観音……』
スマホの向こうの声が真剣な声音になる。
『実はな……、不思議な事があった』
「なんやのん?」
『オレは時空を飛び越えた。謎の黒い人影に出会ってから、なんだかおかしい』
「どういう意味?」
『オレと凜理は七時前には別れたな?』
「うん」
『オレは寄り道もせずにまっすぐ家に帰った。その途中で、黒い人影に道を阻まれた』
「それがどないしたん」
『オレたちはしばし対峙していたが、いつの間にか人影は消えてしまった。その後は何事も無く家についたのだが……』
「……」
凜理は満夜が何を言いたいのかさっぱり分からなかった。
「なんやの?」
『時間が、三時間近く経っていたのだ!!』
「どういうことやの?」
三時間近くその正体不明の黒い人影と向き合っていたんじゃないか、と凜理は言おうとした。
『オレが黒い人影と対峙していたのは、ほんの一分かそこらだ。しかし、家についてみると九時を過ぎていたのだ』
スマホの向こうから、満夜の母親の怒声が聞こえてくる。
『いかん。風呂に入らねば。後の話は明日学校で聞かせよう』
「おやすみ」
『じゃあな』
凜理は首を傾げながら、時計を見た。今は九時半を指している。授業の予習と復習をしたら、もう寝る時間だ。
満夜に何が起こったかは知らないが、彼は時間跳躍に、対峙した黒い人影が関係していると思っている。その黒い人影は何なのか?
凜理は頭を切り替えた。これ以上考えても分からないものは分からない。ということは考えるだけ無駄である。ましてや、満夜の言うことだ。多少ホラが混じっているかもしれないじゃないか。
凜理はデスクの椅子に座り、かばんから教科書を出し、優等生らしく勉強を始めた。
夜も更けて、凜理はベッドの中でまどろんでいた。
遠くから、凜理を呼ぶ声がする。
「凜理……、凜理……!」
夢のなかだと分かる。凜理は宙に浮いている。眼下には平坂町が広がっている。
「誰や、あたしを呼ぶのんは?」
空にまばゆい星が一つあった。その光は小さいながらもくっきりと濃い闇に浮かんでいる。その明るい光が、少しずつ大きくなってくる。いつしか、丸い光の中に黒い影が見えた。
「クロちゃん……」
まばゆい光の中の黒い影は、猫の形をしていた。その猫は、間違いなく凜理が飼っていた黒猫・クロだった。
「凜理、気をつけて。危険が迫ってるの。僕が守ってあげる」
クロがすいっと移動する。それに合わせて凜理も移動した。
「町を救えるのは、凜理だけだよ」
クロはそれだけ言い残し、平坂町へと降りていく。光は吸い込まれるように、町の北へと消えていった。
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