第11話 事務員の失踪

 古瀬は相変わらず自分の偉さやここのダメさを豪語していたが、彼自身、けっして頭が良い方ではなく、仕事ができるわけでもなかった。

 一見そつなくやりそうで、見た目もスポーツマンタイプだったが、田沼に一番睨まれているのは彼だった。

 何が二人の関係をぎくしゃくさせたのかは私のあずかり知らぬところだが、古瀬は田沼を「高圧的だ」と言い、田沼は古瀬を「言うことを聞かない」と決めつけた。つまり、もともと性格が合わなかったのだろう。二人の間に何かがあったとは思えなかった。

 古瀬は前の職場でケンカをし、相手に怪我をさせたそうだった。「思わず手が出て」「指が目に入った」のだった。生まれて初めてケンカをしたような彼にとっては人生初の生命の危機であり、頭に血がのぼったというか興奮したのだろう。また、相手も同様だったのだろう。ケンカ慣れしている人間なら威嚇したり、かわしたりしながら相手を委縮させ、うまく収めるわけだ。実際、いくらケンカをしても問題なく暮らしている人間もいる。

「僕は悪くない、わざとじゃないって、いくら言ってもムダですよね」

 古瀬は今でも反省をしておらず、むしろ怪我をした相手が悪いと思っているようだった。過去を語りながら彼は煮詰まったような表情をするのだった。

 いつか問題を起こす奴というのはこういう奴なのだろうか。そのうち何かやらかすだろうなとは思っていたものの、本当にやるとは思っていなかった。

 それに、はじめて聞いたときは何でもないことのように思えた。

 古瀬が医師の一人と揉めたのだ。それも、廊下でどかなかったとか、そんなつまらない理由で。古瀬は「殿様なのか」とか「あの野郎、にらみつけやがった」とか、その医師のことを罵った。だが、それ以外の、ある言葉が問題になった。

 もともと古瀬には暴力的な欲求というか少年のような心情があった。それは、男の子がケンカするときと大して変わらなかったのかもしれない。他人より少しばかり好戦的で、プライドの高かった古瀬がちょっとしたことをきっかけに爆発する。そして、当たり所が悪ければ問題になる。それが言葉の暴力だとしても。

 医師はひたすら古瀬を軽蔑していたが、大変憤慨し、その一言によって収まりがつかなくなり、古瀬の処遇を求めた。

 そして、古瀬は姿を消した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る