勇者と魔王

「くらいなさい!」


 トシコさんが、弓を構えた。


 勇者は一言も発さず、ただ不気味な笑みを携えているだけ。自分と体格差が何倍もある相手が、果敢に攻めてきたというのに。まるで、目の前の戦闘を楽しんでいるようだった。


 サイドに回り込んで、トシコさんが弓を連射する。魔力弾を撃って、白鯨イドの動きを止めた。


 そのスキに、ネウロータくんが白鯨イドの背中に取り付く。


 白鯨イドの背中に張り付いていたフジツボが、外れた。フジツボはフヨフヨと空中を漂い、ドローンのような自立兵器となる。


「うわった!」


 ネウロータくんを狙って、水鉄砲がフジツボから放出された。水と言っても、床を貫くほどの威力だ。


「きゃあ!」


 トシコさんの肩紐に当たる。一部貝殻が外れたが、ケガには至っていない。


「やったわね!」


 フジツボのドローンを、トシコさんが矢で撃ち落としていく。胸がはだけて際どい状態になっていたって、お構いなしである。


「ボクたちのところにも来たよ!」


 装備のスコップを、ボクはモリに変えた。モリを回転させて、チサちゃんを守る。


「ケーノメサイア!」


 チサちゃんが魔法を唱えると、ボクの衣装が変わった。


「こっちは大丈夫だよ! トシコさん、気にしないで戦って!」

「はい!」


 トシコさんがフジツボドローンを撃墜していく。


 その間、ネウロータくんは勇者エレクチオンと激しく武器を打ち合っていた。勇者の胸へネウロータくんがモリを撃ち込もうとすると、勇者が盾で防ぐ。


 マミちゃんと、魔王フェラとの戦いは、まだ余裕があった。明らかに、戦力に差があったから。あと、魔王と玉座の絆にも、開きがあったように思う。


 ネウロータくんと勇者は、まったくの互角だ。この二人の戦いは、独特の緊張感がある。


 ボクたちは、手を出さない方がいい。


 これは、ネウロータくんたちの勝負だ。どちらが白鯨イドの息子にふさわしいか、誇りをかけた戦いであって。


 みんなの戦いを、ボクたちは見届けなければならない。


 それが、魔王としての試練だから。


 チサちゃんだって、本当なら手を貸したいはずだ。


 玉座であるボクだから、チサちゃんの気持ちがわかる。


 アドバイスだって、したいだろう。


 ネウロータくんのモリが、ようやく勇者をとらえた。


 モリを撃たれ、勇者エレクチオンが倒れる。しかし、すぐに起き上がった。再びネウロータくんに斬りかかる。


「おかしい。何かが違う。ぼくは、何と戦っているんだ?」


 ネウロータくんが、何か疑問を抱き始めたようだ。


 トシコさんの矢も、残り少ない。


「いったいなんだ、こいつらは? 玉座も妙に強いし。玉座……そうか玉座か!」


 何かに気づいたネウロータくんに、勇者の凶刃が迫った。

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