止まるんじゃねえぞ

『始まっちまったな、お前ら。オレは司会をやめねえからよ、止まるんじゃねえぞ!』

 ゼーゼマンの舌が冴える。


 ボクの操るハチシャクも、この間とは別のマシンみたいだ。


 固まった一団の、わずかな隙間に入り込む。

 意識するでもなく、スルスルと追い抜いていった。


 ボクの眼前に、空を低空飛行で飛ぶドラゴンのシッポが見えてきた。いつもなら、ボクは日和って先へ行かせる。でも、今日は違うんだ。ドラゴンとだって勝負する。


「なんか来た」

 龍を操る少年魔王が、こちらに気づいた。


『直撃させよ』

 ドラゴンがなにか催促する。攻撃の準備があるようだ。


 車サイズの大きなネズミ花火が、ハチシャクに向けて投げられた。ゲームだと、ぶつかったらスリップしてしまうアイテムだ。


「なんの!」

 ボクはハチシャクの右半分を浮かせた。片輪走行で、花火を避ける。


 行き場を失った花火が、他のプレイヤーに当たった。爆裂し、複数台が餌食に。結構な大惨事となった。


「ダイキ、お返し」

「よし。何にする?」

「サンダーボルトが出た」


 アイテムテーブルで、いいのを引く。


 チサちゃんが、サンダーを発動させた。


 前にいた少年魔王に、デフォルメされた雷が落ちる。少年魔王が、大幅に減速した。


 黒焦げになったドラゴンコンビを見送って、ボクはアクセルを深く踏む。


「他に、何がある?」

「ロケットブースト」


 車体を一定時間ロケットに変形させて、高速移動するアイテムだ。その代わり減速できない。


「じゃあブーストで、一気に他の人達も抜き去ろう」

 アイテム欄から、ロケットを選択する。


 強烈なGがかかり、大加速した。


「おおお、使ったことがないから、勝手がわからない!」


 風景を堪能する余裕すらない。ハンドルに神経を研ぎ澄まし、ひたすら前を向く。外の景色が、線にしか見えなくなっている。


「ダイキ、風になってる」

「うん。ボクは風になるんだ。二人を助けなきゃ」


 とはいえ目の前には、じゅうたん型のコーナーが待ち構えている。ロケット状態では、ブレーキもきかない。


 真っ直ぐなコースで使えばよかったか。

 こんなにスピードがあっては、ジェットコースターのようなカーブを曲がれるはずがない。コースアウトまっしぐらだ。


「怖がってちゃダメだ。いける!」

 ボクはハンドルに全神経を集中させる。


 慣性に任せ、S字だらけのコースも難なく通り抜けた。ステータスを一極集中に振り直したおかげだろう。


 カーブだらけの道が終わると、ロケット状態も解除された。


「ふう!」

 一息ついて、腕の震えを気合で止める。


 二周目に突入した。


『おっと、こいつは大番狂わせだな! 予想を裏切り、オサナイダイキが追い上げているぞ!』

 ゼーゼマンのアナウンスに見送られ、更に加速する。


 いつの間にか、ボクたちの車は他の走者を周回遅れにしていた。

 こんなこと初めてである。

 いつもはボクの方が抜かされるのに。


 マミちゃんやネウロータくんの背中が見えた。

 ゲームでもありえなかった光景である。


「やるじゃない、ダイキ!」

 振り返ったマミちゃんが、サイドカーから称賛してくれた。


「さすがは、ぼくのライバルだな!」

 ネウロータくんも、本気モードでボクらに食らいつく。


 マミちゃんとネウロータくんの上位チームに、肩を並べる。並走状態になった。


 いつものゲームなら、二人に手も足も出ない。接待プレイってわけでもないのに。でも今は、ボクとハメルカバーとの戦いだ。忖度なんてできない。


「ダイキさん、お気をつけて! なにか大型の反応が来ます」

 ケイスさんが、サイドミラーを見ながら警告してきた。


『ギャハハーッ! どけどけぇ!』


 突然、サイドミラーの中に、LOが。


『このレースに参加しているLOは、ハメルカバーだけじゃないんだぜッ!』


 男女入り混じった声で、しゃべっている。

 窓を閉めているのに、声が直接脳内に響いてきた。


「ダイキ、左サイドに敵!」


 ボクは左方向を見る。


 やたら巨大なLOが、土砂のように迫ってきた。アメーバ状で、今まで倒してきたLOが溶け込んでいる。

 その大きさは、ハメルカバーの比ではない。


 猛烈な勢いのせいで、他の魔王が気圧されていた。

 煙たそうな顔をしながら、道を譲っている。

 気持ち悪くて、触りたくないみたい。


 あんな参加者いたっけ?


「複数のLOが寄り集まって、一つの塊になっている」


 だとしたら、その速度は倍増しているわけか。

 命を削ってスピードを上げている。


 マミちゃんもネウロータくんも、避けるので精一杯だ。


『オサナイダイキ、かくごぉおおお⁉』


 このままでは追い抜かれてしまうかも。でも、負けない。


 そう思った直後、アメーバLOの前に一台のバイクが取り付いた。


「ダイキ様、勝負願います」


 さすがセイさん! LOの追撃すら寄せ付けず、さっそうと追い抜く。


『おのれぇセイ・ショガク! LOとしての誇りはないのか⁉ 魔王に返り咲きたいという欲求は⁉』


「チサ様との勝負に比べたら、誇りなど」


 LOからの罵声に、セイさんは毅然と言い返した。


「共謀して魔王を蹴落とそうなどと考えるあなた方とは違うのです。魔王になりたいなら、身体一つで勝負なさい!」

 セイさんは言ってのけ、LOの野心をくじく。

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