ヨアンさん、エッチに豹変⁉

「うっそ。あの伝説的歌手の娘だなんて!」


「未婚の母、なんですけど」

 ヨアンさんは、自虐気味に答える。


 伝説の歌姫には、隠し子がいた。しかも、王様との間に。


「まあ、どうぞ。話は、お茶でも飲みながら」

 飲茶を囲んで、昼食となった。


「そうですわ、ヨアン様。いっしょに食べましょう」

 実家のお弁当を、ククちゃんはヨアンさんに差し出す。


「お弁当を届けてくださって、ありがとうございます。チサ様」


「待って」

 だが、チサちゃんはお弁当を、ククちゃんたちに渡そうとしなかった。


「ここに、お金を入れて」

 ガマ口を用意して、チサちゃんは銅貨三枚を要求する。


 お金に困っていないはずだけど……そっか!


「ひょっとして、コインスナックのマネ?」


 ラリーのコースとして、ヨアンさんが選んだ場所である。


「そう。冷めちゃったから、温め直す」

 チサちゃんらしい、心意気だ。ホントに楽しかったんだな。


「そういうことでしたら」

 ククちゃんが、お金を入れる。


「ブーン」と口で発音して、チサちゃんは熱の魔法をお弁当に浴びせた。



「おまたせしました」

 チサちゃんが、お弁当を渡す。


「ありがとうございます。いただきます」



「よかった」

 小さなチサちゃんの手に、涙がこぼれる。



「どうしたの、チサちゃん?」


「二人が無事で、よかった」


 ヨアンさんが、チサちゃんを引き寄せた。

「ご心配をおかけしました」


 ボクを含めたみんなも、チサちゃんを囲む。


 うれしそうに、ヨアンさんとククちゃんはお弁当に箸をつけた。


「それで、ヨアンナさんは」


「ヨアンとお呼びくださいませ。いつものように」

 さりげなく、ヨアンさんは訂正を求める。


「では、ヨアンさん。あなたは何者なのです?」


「ただの人間です。母と同じく」

 苦笑いを浮かべながら、ヨアンさんは答えた。


「そうなんですか?」

「私の母オーシャは、普通の人間です。人でありつつ、ダスカマダ王の側室だったのです」


 普通は、人間を側室に迎えることはないらしい。

 しかし、常人離れした美貌と人を引きつける魅力に、王は惚れ込んだという。


「一度は側室になったのですが、あんな性格なので。母は王宮を飛び出しました。ところが出ていった直後に、妊娠が発覚しまして。でも女の子だったので、世継ぎは無理と判断されました」


 城を出たバツとして、オーシャは地球へ落とされた。

 文字通り、普通の人間となったのである。


「ラリーのコースは全部、母との思い出なんです」


 キャンプもドライブスルーもコインスナックも、貧しかった頃に母親と営業の旅で巡った場所らしい。


 昔を思い出しながら、ヨアンさんはコースを作ったという。

 母は音楽家として成功を収めた後も、つましく暮らしていた。娘に何も話さず。


 ヨアンさんも、社会人のかたわら音楽の道を志す。


 しかし、王の本妻が死んでしまった。


 この際女帝でもいいとして、ヨアンさん連れ戻し作戦が決行されてしまう。


「でも、ククちゃんが来た」

「はい。運命だと思いました」


 ククちゃんは、かたくなにヨアンさんをかばった。

 自分の魔王にすると言って。


「私は、魔王になればこの地を継がないと決めていました。クク様と覇道を歩むと。王側は、レースに優勝すれば見逃す、という条件を出しました」


 待って。おかしいよ。


「ククちゃん、実際魔王になるのはヨアンさんなんだよね? じゃあ二人はどうして、立場が逆転しているの?」


 ヨアンさんはずっと、ククちゃんの従者を演じていた。


 本来、玉座のほうが偉そうに振る舞うなんてありえないけど。


「お互いの両親を説得できないと思い、クク様を魔王にする条件を考えついたのですわ。その方が、交渉がスムーズに進むと思いましたの」


 ずっと、国王を欺いてきたんだね。


「その割には、ククちゃんのワガママによく耐え忍んでいましたね?」



「可愛い女の子に蔑まれるのは、私の趣味でして」



 うわぁ。なんか、雲行きが怪しくなってきたぞ。


「だって、可愛い女の子の小さい脚でモミクチャにされるって最高じゃないですか? まだ変声期も迎えてない声で罵倒されたり、クリッとしたお目々で睨まれたり、考えただけでゾクゾクしませんか?」


 目をハートにしながら、ヨアンさんはとんでもないことを言い出す。


「特にクク様って、そそるのですよ! パーフェクトすぎます。奇跡で作られた芸術品としか思えません! 未発達で中性的な身体で、頑張って悪役を買って出るなんて。でも根は優しいから、その分とまどいもあって」


 ヨアンさんのククちゃん愛が、とどまることを知らない。


 性癖って、人をここまで人を変態にしてしまうのか。


「共に入浴しようとなったときは、ドキドキでした。できるだけクク様を見ないようにしようと努力しましたが、本能では目で追ってしまって。もう、思い出しただけで鼻血が」


 言いながら、ヨアンさんはきれいなドレスを鼻からの噴水で赤く染める。


「悪いけど、ちょっと引くわ」

「同じ人間と魔族コンビなのに、何一つシンパシーを感じない」


 ネロータくん組は、おねショタだもんね。

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