挿話:月読巫女と精霊王 2

 あわわ。2話くらいで終わらせる予定が長くなっていく!

 もう1話、続きます。


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 ふわりと降り立った土地は、ひどく殺風景だと思った。建物もなければ、人の住んでいる気配もない。ただただ広がる緑の大地に遠くにキラリと光る海の波。


「何にもないのね」

「そうだなあ。キミヨは何が欲しい?」

「そうねえ。私、大きな木が欲しいわ」

「よし。お安い御用だ」


 アルヒレイトはふっと片手に息を吹きかけるとキラキラと光る粒子が飛び出した。


『きゃー!』


 光の粒子はアルヒレイトの掌から飛び出して何やら地面に固まったかと思うと、ボコリと土が盛り上がった。じっと見ていると、双葉がピョコリと顔を出し、あっという間に成長して一本の若木になった。


「すごい!あなたの仕業?」

「まあ。チビどもを使ったがな」

「この光の粒子があなたの言うおチビさん?」


『きゃー!』


 光の粒子が私の周りを飛び交い、もっさりと肩に止まった。暖かい。時折ピョンと跳ねる光の粒子たちを見て私はふふ、と笑みをこぼした。


「可愛い!」

『きゃー!!』

「ああ、ほら。もう気に入られた」

「ふふ、早く大きくなあれ!」


 私が若木を見ながらそういうと、チビちゃん達が一斉に飛び立ち、樟に降り立った。ワキワキ何やら飛び跳ねてるなと思ったら、若木が一気に成長し大木に変わってしまった。風になびいた枝からポロポロとどんぐりが落ちる。


 驚いて声も出せずにいると、チビちゃん達はどんぐりをせっせと集めて私に手渡した。


「す、すごいことできるのね。ありがとう」


 両手いっぱいのどんぐりを受け取るとチビちゃん達はまたきゃーっと騒いで私の肩に止まる。アルヒレイトがそのどんぐりを植えればまた木が生えるよ、と笑ったのでその日はあちこちにどんぐりを植えて大きく育てた。




 月が空に浮かぶ頃、私とアルヒレイトは最初の大木のてっぺんに座り夜空を眺めた。


「素敵ねえ」


 風がそよそよと葉を揺らし、ひそひそと内証話をするように葉が擦れる。大きな半月が辺りをぼんやりと照らし、遠くに人の住む国が見えた。


「あそこにある家々は人間のもの?」

「そうだ。面白い奴がいてな。そいつが国を作りたいというから手を貸したんだ。気がついたら人が増えてたよ」

「ふうん。あなたそんなこともできるの」

「俺はちょっとチビ達を貸してやっただけさ。あとはあいつらが何やらやって、家を建てたり水場を作ったりしてたようだ」

「チビちゃん達すごいのねえ。私の住んでるところではチビちゃん達みたいなのは見ないから…。ああ、でももののけの部類になるのかしら」

「キミヨの住んでるところにも送ろうか?」

「そうねえ。便利そうだし。でもそんなことをしたら大騒ぎになるかもしれないし」

「あいつらは余程の感性を持ったやつじゃないと見えないよ」

「そうなの?」

「ああ、キミヨは波長が合うと言っただろ?とても心地いい気を持っているんだ」

「私が巫女だからかしら」

「巫女?」

「そう。私の家はね、女は神様に身を捧げる決まりなのよ。私は三女だから家長には選ばれなかったんだけど、姉様の万が一のために予備として育てられるの」

「神に身を捧げるというのはどういうことなんだ?」

「うーん。まあ一般的な結婚はできないというのが一つ。神様の依代になる巫女は、純潔を守らなければならないの。穢れなき者は穢れを祓うっていう考えで禊は欠かせないし、動物の肉を食べたり不純な者は口にしないというのが一つ。常に魂の向上を図るということで、神様の御前に出しても恥ずかしくないように修行も欠かせないのよ。ほんと、窮屈」

「なるほどな。だからキミヨの気はそんなに綺麗なのかな?」

「そう?でもね、邪心を払えって言われても不満とか愚痴とかやっぱり考えちゃうのよね。木に登るなとか、大股で歩くなとか、口を開けて笑うなとか、うるさーいって感じで」

「口を開けずに笑うというのはやたら難しいと思うが…」

「でしょ。だから姉様が選ばれてよかった〜って思う半分、今までの修行はなんだったのかしらって気持ちも半分」

「ふうん。それで、これから君代はどうなるんだ?」

「真木村の血を閉ざさないためにそれなりの神格を持った人と結婚をして子を増やすのだって。姉様が巫女を続けられる間に産めよ増やせよってわけで。それまで守ってきた純潔もここで終わり。一つだけいいことといえば、肉以外は好きなものが食べれるってことかしら」

「子を増やすのに結婚をしなければいけないのか」

「女一人じゃ子は産めないでしょう」

「俺は一人でもチビ達を産めるがなあ」

「あなたの言う産むと人間の産むは違うのね。一度人の国に行ってみてみなさいよ」

「今から行ってみるか?」

「そうね。夜の方がそういうのはわかると思うわ」


 いくら私の身が純潔だからといっても、ナニをするかは教育係から嫌というほど教わっている。夫婦が夜する事といえば、一つよね。まあ、私も何をするのかは見たことがないから、ちょっと興味があるしこれからの参考にもなるわよね。アルヒレイトはまた私の腰を抱いて、人のいる国の方へ飛び立った。


 人の国は、私の住んでいるところより、簡素で土でできた家に草葺きの屋根。壁はあるがドアがなかった。松明もなく日が沈むと皆家の中に篭り、岩戸出入り口を塞いでいる。まあ、ずいぶん原始的な暮らしをしているのだわ。そこで私とアルヒレイトはこっそりと覗き見をした。イノシシか熊の毛皮の布団が床に敷いてあり、そこに男女の姿を見た。



「えっ!やだ!なにあれ!」

「ふむ」

「いやっ!気持ち悪っ!!……えっ!どこなめてるの!?」

「これが夫婦が夜することか」

「うわっ!い、痛そう!」

「なるほど、あそこにアレを…」

「苦しそうよ、ねえ!なんでやめないの!?」

「ああやって子種を埋めるのか…」


 そうこうしている内に、男女の動きが止まり眠りについたようだった。私たちはその場を離れてまた樟へと舞い戻った。


 お、おどろいた。


 あんなことするの?


 私も結婚したらあんなことしなくちゃいけないの!?


 青ざめた私をアルヒレイトが小首を傾げて覗き込んだ。


「どうした?」

「いや、あの。あれはさすがに…ちょっと」

「キミヨはあれが嫌か」

「そ、そうね。いやだわ」

「家に帰ればアレをしなくてはいけないのだろう?」

「結婚すれば…そういうことよね。どうしよう」

「ならば、ここにいればいいじゃないか。帰らずにここで一緒に暮らせば嫌なことはしなくてもいい」


 アルヒレイトがさわやかに笑ってそう言って、チビちゃん達も私の肩で飛び上がって喜んだ。それは、いい話かもしれない。結婚なんてしないで、ここでアルヒレイトとチビちゃん達と暮らせば、あんなエゲツナイことせずに済む。子供を産むという作業も痛いと聞いたし、生まれても生き残る確率は最初の3年は五分五分だと聞いた。私は三女だし、二番目の姉様に頑張って後継を頼めば、いなくてもいい存在だ。


「そ、そうしようかな」

「俺もキミヨがいれば楽しめるしな」


 そうして簡単な気持ちでここに居ついてしまった事を、後になって後悔することになったのだけど。


 ともかく最初の数ヶ月は木を育てたり森を作ったり、山を作ったり、川を作ったりとチビちゃんたちの力量を存分に発揮してもらい楽しんだ。こうして私の好きな風景を思い出しながら作った土地に、ある日あの国の人間が訪れた。


「こんにちは」

「はい?」


 目の前に現れた人は、金色の髪に青い目をした背の高い人だった。私の国でいう「鬼」と呼ばれた風貌に似ていて思わず後ずさった。


「ア、アルヒレイト!アルヒレイト!鬼よ!鬼が来たわ!」


「おや、あなたは精霊王様のお知り合いでしたか?」

「精霊王?」

「アルヒレイト様です。私に小さな精霊を貸してくださった…」


 そこで私はこの「鬼」がアルヒレイトが力を貸したという「人」だと思い至った。


「あら。あなたが国を作った人?」

「そうです。ミラートと言います」


 私が自己紹介をするより先にアルヒレイトが風と共に現れて私の前に立ちはだかった。


「お前か。何しに来た?」

「アルヒレイト様!ご無沙汰をしています。いえ、私の国の者が地形が変わったと騒いでいたので、見に来たまでです。やはりあなたの仕業でしたか」

「うむ。キミヨが殺風景だというのでな。どうだ?」

「素晴らしいと思います。それはそちらの女性のお力で?」

「まあな。作ったのはチビ達だが、そうさせたのはキミヨだ」


 ミラートにそう言われて、えっへんと胸を張るアルヒレイトとチビちゃん達が可愛らしかったので私もにっこりと微笑んだ。ミラートははっと目を見開き、顔を赤らめるとこほんと咳払いをした。


「それで一つお願いにあがったのです」

「言ってみろ」

「はい。ここからほど近いアイザックという村の者が、森にある果物を食べてもいいかと言いましたので、伺いに上がりました。この森の入り口に精霊達が立ち塞がって、村の者は森に入る事ができないというのです」

「ああ、なるほど。ここにはキミヨがいるからな。チビどもは守るつもりだったのだな」

「あら、チビちゃん達ったら頼もしいのね」

『きゃー!!』


 私がそういうと、チビちゃん達ははしゃいでえいえいおーと腕を振り上げた。最近のチビちゃん達は私と容姿を似せようと人型を取ることがある。可愛いオタマジャクシのようなものなのだけど。手だけがにゅっと丸い体から飛び出してくる。


「ということなんだが、キミヨ」

「構わないんじゃない?私も手伝うわよ」

「おお!ありがとうございます!」


 ミラートは大喜びで、大仰に頭を下げた。


「実は最近、病が流行って子が育たないのです。このままではせっかく国を作ったというのに、人がいなくなってしまうと危惧している始末で。先日川に流れてきた果実を村人が食べたところ、どうやら体の悪いところが全て治ってしまって大騒ぎになっていたのです」

「まあ、まるで桃源郷の果実ね」

「桃源郷?」

「ええ、お話の世界なんですけどね。桃源郷という不老不死の桃がなるというんですよ」

「それはすごい」

「でもおとぎ話ですから。本当にあるわけじゃないんですよ」

「この森から採れる果実はその話から遠からずというところですが」


 そんなわけで、次の日アイザックの村から何人かの村人が果実の採取に来た。村人は皆ミラートのように金髪だったり、茶髪だったりして背の高い人たちだったけれど、鬼というほど怖い人たちではなく、むしろニコニコとして真木村家に仕える神官たちよりも好感が持てる人たちだった。


 数日のうちに私はアイザックの村人と仲良くなり、果実を採ったり、山菜や木の実も拾い私の知っている薬草についても知識を広めてあげた。子供達が育たないのは栄養不足と川の水をそのまま飲んでいるのが原因だったようで、井戸を作るといいと教えて、チビちゃんたちにお願いして穴を掘り、井戸を作った。アイザックの村には100人に満たない人々が生活していて、どの人も優しく親切だった。


 アイザックの村に住み着いて、家の造りも向上し戸が立てられるようになって子供たちも元気にすくすく育っていった。ミラートも頻繁にアイザックに訪れ、いろんな知識を得て周囲の村にも広めていった。ただ、ミラートは物腰が柔らかく好感の持てる青年だったが、やたらと触りたがるので私はちょっと苦手だった。


「なんか、馴れ馴れしいのよね」

「そうか」

「すぐ手を取ってくるし」

「嫌か?」

「そうねえ、私は巫女として育ったからあまり触られるのは好きじゃないわ」

「うむ。じゃあ、ちょっと釘を刺しておくか」

「そうしてくれると助かるわ」


 アルヒレイトはいつも私の意見を尊重してくれるので助かる。アルヒレイトに腰を抱かれても、寄りかかられても平気なのは、彼が精霊だからか。心地が良くて、どちらかというと私から近づくくらい。


 そうこうして何日か何週間か過ぎたある日、ミラートがやってきた。何やら深刻な顔をしている。



「どうしたの?」

「キミヨ」


 いきなり手首を掴まれて、ミラートの顔が私に近づき強引に唇を吸われた。


「!」


 そのまま私の頭に手を回し押し倒されて、私は身動きが取れなくなった。ミラートの手が体をまさぐり、胸をつかまれた時全身の毛が逆立って力の限り突き飛ばした。


「アルヒレイト!!」


 私は体を丸め、自分の体を両手で抱きしめて恐怖に包まれたまま叫んだ。途端にふわりと風が私を抱きしめ、周囲の空気が凍りついた。


「何のつもりだ、ミラート」


 アルヒレイトが私を抱きかかえ、ミラートを睨みつけた。殺気が半端なく吐く息が白くなる。


「わ、私は!」


 ミラートが青ざめてアルヒレイトを見上げる。息も出来ないほど青ざめてガクガクと震えていた。


「なぜ、拒絶するんだキミヨ!」

「なぜ!?なぜいきなり襲うんです?あなたのどこに正当性があると?」

「私に情熱的な微笑みを与えておいてっ!」

「何ですって!?誰があなたにそんなことを!」

「キミヨに近づくなと俺は忠告しただろう」

「ですからなぜ‥っ」

「気持ちが悪いからです!」

「なっ!?」

「私は巫女として育ちました。殿方に触られるなどもってのほか!ベタベタ触られるのは気持ちが悪いからアルヒレイトにお願いしたんです!自分勝手な思いをぶつけてなぜとは何ですか!」


 私が立て続けに言い募ると、ミラートは権力と立場を表に出した。


「わ、私はこの国の王です。王として世継ぎを作らなければならない。キミヨ殿の恩恵は我々も重々承知しているし、こうする事が最善だと」


 それに対して私が怒るよりも早く、アルヒレイトが敵意を露わにした。


「お前の最善など、キミヨと俺の知った事ではない!これ以上キミヨに近くのなら俺もチビも姿を消す」

「そ、それは!」

「帰れ!二度とキミヨに触れるな」


 ミラートは愕然として、頭をうなだれてトボトボと帰って行った。


 私はアルヒレイトに頼んでアイザックの村から離れて樟の頂上で泣いた。


「すまなかった、キミヨ」

「アルヒレイトのせいじゃないわ…ああいうのはどこにでもいるものだわ。でも…」


 あんな風に唇を吸われて、体を触られるのは気持ちが悪かった。力で敵わなかった。胸をまさぐられた感触がまだ残っている。


「私、帰る」

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