第58話:精霊王の伝言
アッシュの率いる討伐隊員と、ミヤコたち先発隊は厩舎の前で円陣を組んで話し合いをしていた。モンドたちに詮索されたくはないというのと、これから先のプランを立てる為だ。『ミヤは本当に思い切ったことをする』と、クルトは未だに信じられないように首を横にふるが、ミヤコは首をすくめて苦笑した。
「ゾロゾロ大人数で行っても無駄だし、あのクソ王子を自由に動き回らせておくのも癪にさわる。それならアッシュさん達に残ってもらってバカを監視してもらった方がよほど良いから」
「うわ。ミヤさんの口汚さに俺、胸キュンっス」
「魔獣討伐の人数よりもルブラート教との対立に人員を割いてるあたり、ふざけてるしな」
「で、精霊王からの伝言では確かに水の大精霊が結界を作っているんだな?」
「結界を作っているのは、そうですね。でもそれがなぜなのかわからないんです。大精霊と念話も出来ないらしいのでなんらかのダメージがあるのは確かですね」
「ルブラート教と関係があるのだろうか」
「どうでしょうね。ルブラート教は精霊を嫌ってるそうですし。聖域の泉の位置はわかったので、そこまで行けば分かるかも」
モンド達と集会所で地図を眺めている時に精霊達が戻ってきたのだ。ミヤコは地図の上を飛び回る精霊を見てどこに大精霊がいるか目処を立てた。やはりあの沼のあたりに聖域があるらしい。そしてそれを実行するのに大人数では時間がかかりすぎるということ、魔獣の凶暴性が極めて高いことを警告された。
ミヤコは即座に伝言を理解し、大立ち回りを披露したというわけだ。
***
「夜は魔獣の方が夜目が効く。動くなら朝方だな」
「はい。朝日の出る少し前
「えっ。なんでっすか?」
「マロッカは獣ですから、結界内の瘴気に負ける可能性があるからです」
「ああ、そうか…シロウは精霊王の使いだから…」
「ええ、シロウは精霊の力で生まれたようなものですから、瘴気を弾くし精霊王の力も多少使えるんです」
「あ!」
アイザックが思い出したように手をポンッと叩いた。
「アレは、ソレか」
「何がアレはソレ?」
「いや、ホロンの水場でシロウに威嚇されたんだ。お前さんに手を出すなってな。あれはそうか、
「はあ」
「まあいいや、じゃミヤさんはひとまず安全ってコトっすね?」
「ひとまず、そういうコトです」
ミヤコもにこりと微笑むと、小首を傾げて相槌を打った。
ミヤコたちが
グレンフェールから
「ミヤ……少しいいかな」
「クルトさん?」
クルトはミヤを見下ろして、少し眉を下げて苦笑した。
「本当に行くの?」
「やだなあ、クルトさん。今更ですよ」
クルトはそっと手を伸ばしミヤコの頬に手を当てた。
「隠し事はしていない?」
どきりと一瞬体をこわばらせるが、なんとか笑顔を作る。
「してませんよ」
「本当に?」
「……ちょっと緊張してるだけです。大丈夫」
クルトは執拗にミヤコの瞳を見つめた。
「心配しすぎ」
ミヤコが苦笑する。
「そうかな」
「クルトさん、いつも守ってくれるじゃないですか。明日もきっと大丈夫」
「ミヤ」
ミヤコはクスッと笑ってクルトの体に腕を回した。
「そんなに見つめられたら穴が開きます」
ぎゅっと抱きしめてから、ミヤコはポンポンとクルトの背中を叩いた。
「大丈夫ですよ」
「君の大丈夫は……あまり当てにならない」
情けない顔をするクルトを見て「何ですかそれ」とミヤコは笑い、明日は早いからと部屋に入っていった。
「おやすみなさい、クルトさん。また明日」
クルトは嫌な予感を振り払うことが出来なかったものの、部屋の中までミヤコを追いかけるわけにいかず、アイザック達の方へと戻っていった。
「ミヤさん、変ッスよね」
「お前でも気づいたか、ルノー」
「そりゃあ…。全然態度違いますもん」
「……ミヤは一人で行くつもりなんじゃないかと思う」
「やっぱり」
ミヤが部屋に戻った後でクルトとアイザック、アッシュとルノーはその扉を見つめながら呟いた。
「嘘つけないっスね、あの人」
「一人でって…バカか?」
目を丸くするのはアイザック。はあ?と呆れた顔をしたルノーはすぐ付け加えた。
「そうっスね。馬鹿正直ですぐ顔に出る人なのに、隠し事する時は無表情でまるで大人ぶっちゃって、バレバレっすよ。ちっこいくせに度胸だけは俺らよりある」
「ミヤは…誰も傷つけたくないんだ…」
「嬢ちゃん、精霊王の伝言を受け取ったようだな」
「おそらくは」
「一人で行かせるんっスか?」
「まさか」
「……っスよね」
「はあ。めんどくせえ女だな」
「で、プランはあるんっスか?」
***
その頃、ミヤコはベッドの上で先程精霊が持ってきた精霊王からの思念通話を思い返していた。
精霊を介して精霊王から一方的に送られてくる思念にミヤコは思念を返すことができる。ミヤコからは精霊にお願いをしない限り精霊王に思念を送ることができないので、実に不便な方法ではあるが、手紙や電話という方法すらないので仕方がない。
『調べるまでもなく、
『誰がいたの?』
『妖精王のヤツだ』
『妖精王って…おじいちゃんが何百年も会っていない、あの?』
『それだ。どこに行ったのかと思えば、水のにつきまとって住み着いていたようだ』
『はた迷惑な…』
『困ったことに、彼処に居た妖精どもも瘴気にやられてな』
『闇落ちの妖精!?それって私の歌で浄化できるの?』
『できないことはないが…言霊を使わねばならん』
『言霊…』
言霊を始めてミヤコが使ったのは5歳の時。
癇癪を起こして、母の花壇を枯らしてしまった時が最初だった。「枯れてしまえ」と怒りに任せて叫んだ時、母の顔が歪んだ。一瞬にして歳を取り、老婆になった母と枯れて風に散った花壇の花々。驚いて悲鳴をあげた。
祖母がいなければ、母は老婆になったまま花壇の花と一緒に朽ち果てただろう。祖母の再生の歌で元に戻った母だったが、恐怖にしばらく呆然としていた。母がおかしくなったのはそれからすぐだった。
二度目は20年前のあの日、精霊王に対して使った「大嫌い」という言葉。魔の森を作り、精霊王すら飲み込んだ。つい最近まで精霊王は囚われたままだったのだ。いや、ミヤコに嫌われたと嘆いていたせいもあるかもしれないが。だが、それほどにも強い言霊を使った。
言霊は呪詛のようなものだ。わたしの命を使う。
魔術であれば魔力を使い奇跡を起こすが、言霊は命を削って神秘を表す。ミヤコが3年もの間の意識をなくしたのは防衛本能だった。心と命の防衛本能で記憶をなくした。無意識に忘却の歌を唄ったのだ。あの頃はまだ小さかったから自分を庇う術もなく、翻弄された。
今ならば、大丈夫だろうか。大人になって、嘘をつくことも心を庇うことも覚えた。感情的にならず、自重も覚えた。
ならば使えるのではないか。
今回使うべき言霊は救いの言葉。善の言霊は負の言霊より使いやすい。切り落とすような激しい言葉ではなく、優しく愛おしむ言葉。
守りたいと思う気持ち。
大切なものを愛おしむ気持ち。
ここに来てたくさん貰ったものを。
『危険かな?』
『言霊が働けば、妖精王の実態を放たれることになる。普通の人間には強すぎるかもしれん』
『純粋な光?』
『そうだ。アレの汚れなき光は人間にはきついだろう』
『ミヤコは文献を読んだか?』
『全部ではないけど。あれは、誰が書いたの?』
『記録は四大精霊が妖精とともに書いておったな』
『やっぱり』
『二面性を持つ人間の心には妖精の光は強すぎる』
『じゃあ、やっぱり結界を崩す前に妖精王を解放しないといけないってこと?』
『そうだな』
『わかった。わたしがやるしかないね』
『……俺もシロウを通して力を貸すが、言霊を使えるのはお前しかおらんしな』
『もし失敗したら?』
『その時は俺が妖精王を消し飛ばすしかないな』
『それはそれで、問題が起きそうね?』
『まあな。近隣の国は吹き飛ぶかな。あと草木が育たなくなるかもな』
『……だめじゃん、それ。みんな死ぬって』
『花とか果物とか綺麗なものを愛でて育てるのは妖精だからな。俺たちは基本元素を司るだけで』
『わたしの歌で花とか咲くけど?』
『うん、不思議だな。さすがに俺の孫なだけあってわけわからんぞ』
『……』
『……妖精にも好かれとるのかもな』
『……失敗しないように頑張るよ』
『おう。ああそれから、君代から新曲を預かっとる』
『なになに?退魔の歌?……わたし魔王とでも戦うのかしら?』
『さあなあ。まあ適当にやってくれ』
思い出しながらミヤコはガバッとベッドから起き上がり、頭を抱えた。
「適当って。緊張感ないよなあ、
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