第56話:グレンフェールの町
考えても見れば、わたしが緑の砦に足を踏み入れたのは、ラッキー以外の何物でもなかった。もしも最初に足を踏み入れたのがダンジョンの一つだったりしたら、恐ろしくてあの扉はきっと封印していただろう。
それくらい、緑の砦は平和だった。少なくともわたしには、そう見えた。戦争とか、死と背中合わせだとか聞いていても想像できなかった。旅行気分で「なんとかなるさ」と軽く考えて付いてきて、今更ながらその現実にビビって足が竦んだ。
ルビラが逆恨みをしてから何百年も隣国との確執が続いている。そして現聖女と瘴気と魔獣の問題も20年以上に渡る。瘴気の問題はおそらく原因はわたし。そしてその問題を解決する術も、わたしは持っている。これだけは何としてでも片付けなければならない。わたしを守ってくれる人達の為にも。
わたしの投げた小石が大きな波紋を呼んだ。
20年前。
魔の森ができた時期と、現聖女が現れた時期、そして途切れた文献の時期があまりにも重なり過ぎている。何かここにもつながりがあるのではないかと勘ぐってしまう。
すべての選択は未来へと繋がっている。
お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも、極力人間と関わらないようにしている。ミラート王とルビラ王女のことにちょっと関わったことが原因で、恐ろしい年月の間国同士の争いが続いている。
そのことに気がついたのは、お祖母ちゃんに出会ってからだった。わたしという存在に出会って、傷ついたわたしの姿に心を砕かれた。いかに人間が繊細かに気がついた。
そして初めて、ほんのちょっとした気まぐれが人間の歴史を変えたことを苦々しく思った。だからこそ、今回のことにわたしやおばあちゃんが関わるのを恐れたのだと思う。
『でも、おじいちゃんとミラートが出会わなければ、この国はきっと存在しなかったんだよ』
そしてわたしとクルトさんの出会いもなかったに違いない。
だから。
『わたしはおじいちゃんに感謝してるし、もう後悔はしたくないから、行くね』
「精霊さん、おじいちゃんとおばあちゃんに伝えて欲しいことがあるの」
*****
「ミヤ、そろそろ出発だ」
「今、行きます」
焚き火を始末し、旅立ちの準備を整えると、クルトから声がかかる。ミヤコが白マロッカに跨りクルトが後ろから手綱を取った。
「精霊と何話してたの?」
「話というか…言伝を」
「精霊王に?」
「ええ。それとおばあちゃんに」
クルトは少し考えてから覗き込むようにしてミヤコに尋ねた。
「何を言伝したのか聞いても?」
「……四大聖域について文献にあったでしょ?」
「ああ。一つ目は
ミヤコは頷いた。
「聖地
クルトは目を丸くしてミヤコを見つめた。
「……なるほど。考えに及ばなかったな。にしてもそれならなぜ精霊王は動かないんだろう。聖域は彼の管轄ではないのか?」
「それは…わかりません。四大精霊についても話を聞いてないし」
白マロッカのシロウがゆっくりと走り出し、次第にスピードを上げる。わたしの斜め後ろにアイザックさんとルノーさんが並んで走り、その後ろにアッシュ隊長が隊員を率いて付いてくる。
「ミヤはこのまま任務を遂行すること、後悔はしていない?」
「してませんよ。…ただちょっと恐れおののいただけで。もう大丈夫です」
「そうか」
「クルトさん。この地が緑に溢れて、みんなが笑って暮らせるようになったらいいですね」
「……うん、そうだね」
「だから、頑張ります。わたしも」
「……ありがとう。ミヤ」
グレンフェールまでの道がてら、たびたび瘴気を吐く魔性植物を見かけた事もあって、ミヤコは歌を唄い大気を浄化して植物を正常化し、小さな水場には薬草を植えて精霊の力を借りて成長を促し水場も浄化した。
予定より時間は取られたが、討伐隊員たちもその方が都合が良いと同意し、ミヤコたちの通った後には緑の絨毯が広がっていった。
結局、ミヤコたちがグレンフェールにたどり着いたのは数日後、陽もとっぷり暮れてからだった。
***
グレンフェールの門番たちは「待ってました」とばかりにミヤコたちを歓迎し迎え入れ、ミヤコの噂はすでに広まっていることを暗示した。
「あんたがミヤさんかい?ピースリリー受け取ったよ!」
「防壁沿いに植えたんだけどね、効果的面さ!」
「ミントっていうのかい?あれで子供の咳が止まったよ」
「アロエベラは初めびっくりしたけどね!鍛冶屋の旦那の火傷がすっかり治ってびっくりだ!」
「あんたの
街を歩けばあちこちからそんな声が上がり、彼らがミヤコ達の到着を心待ちにしていたことが手に取るようにわかった。魔獣による圧迫から焦燥しているのかと思いきや、意外な笑顔と明るさで街には活気が溢れていた。
期待されている。
それは心に重くのしかかったが、町人の笑顔がミヤコに勇気を与える。クルトを見上げると、その瞳にも希望の光が見えた。
***
「随分ゆっくりだったな。のんびりピクニックでもしてたのか」
黒いマントとフードを被った男。クルトがついとミヤコの前に立ちその視線からかばいつつ、鋭い視線を投げた。
「やあ、モンド。ここまで来るのにいろいろあってね」
「ふん…噂は聞いたが。
クルトが冷ややかな気を流しながらモンドと会話をする。お互い軽く会話をしているが警戒は解いていないようだ。
「へえ。あんたが噂のモンドか」
マロッカを厩舎に預けたアイザックが店に入るなり、室内の温度が急激に下がり店内がしんと静まる。
「お前は……」
「アイザックだ。アイザック・ルーベン。バーズで戦士をやってたが面白そうなんで、ここの嬢ちゃんに付いてきた」
周囲からザワザワと声が漏れる。
「アイザック・ルーベンって特殊部隊のあいつか?」
「生きてたのか」
「アイザック<グリズリー>ルーベン!?」
モンドはああ、と顔を歪ませた。
「…ほう。『斥候のグリズリー部隊』の生き残りか」
「へっ。俺しか生き残ってないからな。もう部隊でもないが?」
アイザックはやはり単なる戦士ではなく、過去に偉業を働いた部隊の戦士だったと見える。『斥候のグリズリー部隊』は過去の戦争で活躍した部隊なのだろうか。アイザックの力量から見ても、実力派であることには間違いない。熊っぽいのは彼の見た目からきているのだろうか。
ミヤコはホロンの水場でのルノーとの剣技を思い出す。
(クマみたいなでかい図体でいて結構素早いし、あんな大剣を振り回して平気なんだもの。やっぱり凄いのよね。ただの脳筋かと思ってたけど…。)
「……なんか、失礼なこと考えてんじゃねえか、嬢ちゃん?」
「えっ?やっ、脳筋なんて、そんなこと。……あっ」
「…ほお〜、なるほどな」
ミヤコは慌てて否定するが、つい考えていたことが口から漏れた。パッと両手で口を塞ぐが時すでに遅し。苦笑してムッと眉間にしわを寄せるアイザックだが、ハン、と息を吐きモンドに向き直る。
「俺はあんたの命令は聞くつもりはないけどな。嬢ちゃんの護衛っつーことでここにいるだけだから、まあ気にしないでくれ」
アイザックは鋭く周りを見渡しながらも、ニヤリと不敵に笑って見せ周囲の戦士たちを怯ませた。つまりはミヤコに手を出せば、俺が相手だと周囲を威嚇したのだ。
「なるほどな。……その嬢ちゃんとやらはこちらの作戦に力を貸してくれる様だからな。お前の様な脳筋でも役に立つかも知れん」
「へえ。小娘の力を借りなけりゃ討伐もできない王子様が言ってくれるぜ」
ごくり、と周囲の兵が喉を鳴らす。アイザックは我関せずといった態度でニヤニヤしながら片眉をあげた。
「言っとくが、俺ぁあんたが誰かなんて関係ねえ。あんたの役に立とうなんざ思ってねえから、腹黒い計画はハルクルト
「……アイザック…」
クルトからも冷ややかな冷気が突き刺さった。
(ああ、またここでも火花散らしてるし…)
ミヤコはちょっとうんざりした様に顔を背け、ため息をかみしめた。
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