第25話

「あー今なら、寛大な処分が待ってるぞー」


ディーノの声はのんびりとしていて、横で何かの作業をしながら、ついでに話しているような雰囲気だった。


「早くー、出てきなさーい」


キュルキュルという、マイクノイズが響く。


この人たちにしても、本当にやる気があるんだろうか。


「あー、今からー、正門入り口を開けるー。大人しくー床に伏せとけよー」


拡声器のスイッチが切れた。


俺たちが集まっている場所から、予告された正門まで200mはある。


自動で動くことが許されなくなっていた扉が、音を立ててゆっくりと開き始めた。


徐々に広がっていく視界の向こうに、機動ロボ数体に囲まれた、ディーノとイヴァの姿がある。


やる気の全くなさ気なディーノに比べて、彼女は真面目だ。


「大人しく床に伏せなさい!」


イヴァが、手にしていた銃口を上に向ける。


あれは、多分鎮静弾。


「ルーシー! こっちに来て!」


機動ロボが、一斉に真横に広がった。


俺たちの間には、何もない緑の芝生が広がっている。


ゆっくりと歩き出した彼女の後ろから、手袋をしながら歩くディーノが続く。


「ルーシー、こっちに来なさい」


彼女の呼びかけに、ルーシーは激しく首を横に振った。


「どうしたのルーシー、あなたを助けに来たのよ?」


ルーシーの両手が、俺の腕にしがみついた。


それを見たイヴァは、眉間にしわをよせ、歩く速度を速める。


その彼女の足の動きを観察していた俺は、立ち上がった。


ジャンの元に駆け寄る。


ジャンの視線はまっすぐに、迫る彼らを見すえていた。


「名案が浮かんだか?」


「まぁね」


ニールが、操作パッドを差し出した。


ここに接続されている全てが、いま使える全てだ。


俺の指先が、高速で目的のものを探す。


「あった!」


「いつでもいいぞ」


ジャンが、にやりと笑う。


「こっちの準備も万端だ」


「そうだろうと思ったよ!」


俺は、探していた装置の起動スイッチを押した。


とたんに、競技場の床がぐらぐらと動き出す。


「なに? なにが起こってるの?」


イヴァが叫んだ。


小刻みに揺れ動いた床面が、中央で二つに割れた。


そこから、新たな床面が上がってくる。


「セットを入れかえた」


俺の指先は動き続ける。


「俺たちが考えて、必死で作り上げたやつだ。こいつのことは、今でも覚えているだろ?」


人工芝に覆われた、緑の壁が出現する。


「俺たちが作って、コンクールに初めて入選した巨大迷路だ、忘れてないよな?」


「当然だ」


ジャンが、ハンドリングバイクにまたがった。


「お前はどうする?」


「俺は後ろにいる」


ジャンはうなずくと、空高く舞い上がった。


あの位置からだと、全体もよく見えるだろう。


彼の機体から送られてくるフィールドの全体映像を、キャンビーと自分のバイクにつなぐ。


ルーシー? ルーシーは? 


彼女はニールの横で、じっと彼の操作を見つめていた。


ニールの扱う物量はハンパない。


たくさんの機材やコードに囲まれた彼の周囲だけが、資材置き場のようだ。


他のスクールの仲間たちも、それぞれのバイクにまたがった。


「怖がるな、俺たちの一番の武器は、俺たち自身だ」


ジャンの声がマイクから聞こえる。


「お前ら、いつだってここのロボットで遊んでただろ。その成果を見せてやれ」


バイクの無線から、ニールのプログラムダウンロード完了の合図が鳴った。


「行くぞ!」


仲間たちのバイクが、一斉に巨大迷路の中へ入っていく。


「全く、往生際が悪いとは、こういうことを言うんだ」


ディーノの声が、拡声器を通して鼓膜に届く。


「イヴァ、気をつけろ」


そう言われた彼女は、舌打ちをしてフィールドの外に出た。


俺たちの作戦は単純だ。


キャンプベースの機動隊ロボといえども、絶対に逆らえない大原則『人間を傷つけてはいけない』、それを逆手にとって、自分たちの体を体当たりさせ、機能を停止させる。


ただ、今回の機体はスクールのおもちゃみたいな警備ロボとは違う、禁則の緩い戦闘用ロボが相手だ。


一度捕まればお終いの、鬼ごっこが始まる。


ハンドリングバイクに乗った仲間たちが、迷路の中に潜んでいた。


ジャンから送られる画像を元に、機動ロボに体当たりをくり返す。


ニールから送られてくる指示で、機動ロボ一体に対し、2、3人が取り囲む。


ニールの作った回避プログラムは、機動ロボの可動域を計算したもので、チームの誰かのバイクがその捕獲域に入れば、他の仲間は近寄れないようになっていた。


くるくると入れ替わる仲間にロボットが気をとられているうちに、空から急降下して停止させる奴らもいる。


「ディーノ、迷路の地図はまだ?」


「いま送ってるよ」


彼らのやり取りが、競技場に響く。


これは、俺たちにワザと聞かせているんだ。


俺は、ニール一人ではサポートしきれないフィールドの、残りの半分を担当する。


「全データ、転送完了だ」


機動ロボの表示ランプが、チカリと光った。


動きが一段と加速する。


ニールが細工したスクールの警備ロボが、自走して機動ロボの足元にまとわりつく。


それを踏みつけた機動ロボの一体が、大きく転倒した。

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