第24話

「ここのトンネルは、パズルみたいに全体が複雑な動きをして、指定されたものを目的地まで運んでいるんだ」


レオンは、輸送トンネルの複雑な路線図を、警備ロボのモニターに写し出す。


「だけど、ここの動力も止められているから、非常脱出用の歯車を回して動かすんだ。この警備ロボの動力だけで動かせるのは、自分たちが乗っている一枚の板だけ。本来なら他の板が連動して動き、通路をあけてくれるんだけど、それをしてもらえないから、途中で何度も乗り換えなくちゃいけない」


「便利なものも、時には面倒くさいわね」


レオンは天井となった床板を閉めた。


暗闇が世界を支配する。


警備ロボのつけた灯りが、真っ直ぐに行く先を照らした。


「さ、見つからないうちに、ジャンのところへ行こう」


俺たちを乗せた輸送板が、動き出した。


そうやって俺たちは、いくつかの板を乗り換え、時には外に出て場所を移動し、はしごを上り下り、トンネルの中を歩いて、少しずつジャンたちのいる所へ近づいて行った。


最後の輸送トンネルは、何もかも思い通りにはいかなくて、俺たちは通路に下りて、長い距離を歩かなければいけなかった。


折れそうに細いはしごを登り、手の平は錆びた金属のにおいがして、すっかりごわついている。


「多分この辺りでいいはずなんだけど」


レオンがつぶやく。


見上げた壁には、確かにどこかの搬送口のようなかっこうの扉が見える。


だけど、輸送台に乗っていない俺たちには、その扉はこじ開けるには高すぎて手が届かない。


本来なら、ここからこの板が上昇して、搬入口まで上がる構造だ。


「どうするのよ」


「キャンビー」


俺は自分のキャンビーを呼び寄せると、扉の周囲を調べさせた。


そこはツルリとした段違いの三枚扉構造で、大型の搬入物の多い競技場ならではの大きな扉だった。


「どうやって開けるのよ」


カズコがその場にしゃがみ込み、レオンがため息をつく。


「最後の最後で、出られなくなったな」


内側から開けられるようなボタンもハンドルも、バールを引っかけるような隙間も見つからなかった。


「これ、案外押せば簡単に開くんじゃない?」


古い記憶が蘇る。


俺たちはあの通気口で、ドームの裏側で、このスクールは、つねに多彩な秘密基地を提供してくれていた。


俺たちの隠れ家は、いつだって俺たちを守ってくれていたはずだ。


キャンビーを扉にぶつける。


それはからくり仕掛けの簡単な動力で、すーっとその口を開いた。


「やった!」


警備ロボの上に乗っかって、背を伸ばせるたけ伸ばして、レオンが搬入口によじ登った。


俺はカズコを肩車して立ち上がる。


「重っもい!」


「だからロボットの上でいいって言ったじゃない!」


レオンが彼女の手を引いて、肩の上に立ち上がる。


そのまま引き上げられたカズコは、ぷりぷりに怒っていた。


「そんな怒んなよ、せっかくここまで来たのに」


俺も警備ロボを踏み台にしてよじ登る。


彼女がこんなに怒った顔を見るのも、そういえば子どもの時以来のような気がする。


「ここ、どこだろ?」


どこかのバックヤードらしき部屋だった。


部屋の中には、梱包された大型の荷物が乱立している。


出入り口らしき扉を見つけて、外にでた。


「トレーニングルームの裏だ!」


レオンが叫んだ。


「やったぞ!」


手を取り合って喜ぶ。


俺たちは、整然と並んだマシンの間を駆け抜けた。


「ジャンとニールの所へ行こう!」


誰もいない廊下を駆け抜け、大競技場への入り口へ向かう。


「ジャン! ニール!」


駆け上がった階段は、観客席の二階だった。


目の前に、緑が広がるトラック。


そこに、数十人の人間が集まっていた。


「おまえら!」


階段を一気に駆け下り、仲間の輪に飛び込んだ。


ジャンの手が、俺の肩を強く叩く。


「よく来たな!」


「『よく来たな』じゃねーよ」


俺は他のメンバーから歓迎されなからも、言いたいことを言っておく。


「全く、気に入らないことがあると、すぐに立てこもろうとするのは、悪いくせだぞ」


ジャンは、にやりと笑った。


「まぁ、退屈しのぎにちょうどいいだろ?」


「ガキの頃みたいだ」


「まぁ、その続きみたいなもんだろ」


彼は笑った。


振り返ると、ニールはスクールの警備ロボたちをたくさん集めて、その中身を改造しているようだった。


「あいつもやりたい放題だな」


「いま話しかけると、邪魔すんなって絶対怒りだすから、やめとけよ」


ジャンも昔と変わらない、いたずらな笑顔を浮かべる。


ニールは何を考えて、何をやっているんだろうか。


その具体的な詳細は分からなくても、何をしようとしているのかは分かる。


「で、これからどうするんだよ」


「それを考えるのが、お前の役目だろ?」


ジャンがいつものように、にやりと笑った。


「そのために、来たんじゃなかったのか?」


俺はふーっと、ため息をつく。


そう、全くその通りだ。


バカバカしい、くだらない、なんて思いながらも、完璧に見透かされてる。


俺が俺でいられるのは、この仲間とこの場所があってこそ、だ。


じゃないと、何をしていいのかも、何を考えていいのかも分からない。


これは、習性みたいなもんだ。わくわくしている自分が楽しい。


少し離れた所に座って、全体を見渡す。


今ここに残されている施設の性能とロボットの数、動く人間の数と……。


「ヘラルド!」


ひょっこりと顔を現したのは、ルーシーだった。


「ルーシー! 驚いただろ? 平気だった?」


彼女は恥ずかしそうにして、くすっと笑った。


「大丈夫、みんな、優しい」


彼女は、俺のすぐ隣に腰を下ろす。


「そうか、君が怖がってないんだったら、よかったんだけど」


ルーシーは嬉しそうに、首を横に振った。


「ずっとこのスクールで、生まれた時から一緒に育ってきた仲間なんだ。誰が何を考えて、どうしようとしているのかなんて、言われなくても分かるんだよ」


ルーシーは、にこにこと座っている。


「だから、本当はみんな、君が来てくれて、うれしかったんだ」


俺は、なんの話をしているんだろう。


自分でも意味が分からなくて、恥ずかしさに赤くなる。


「大丈夫、本部から来たあの人たちだって、同じような環境で育ってきた仲間なんだ。誰かを傷つけようだなんて、そんなことを思ってるわけじゃない」


ルーシーがうなずく。


「だから、安心してて」


彼女の手が伸びて、俺の手をつかんだ。


肌から伝わるその触感に、びっくりする。


ルーシーはにっこりと微笑んだ。


俺はその手をどうしていいのか分からなくて、そのまま1ミリも動かさないように、細心の注意を払う。


彼女は体温を持ったその手を、そっと放した。


「大人しーく、そこから出てきなさぁーい」


突然、ディーノの声が競技場に響く。

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