第22話

ここは、ジャンやニールと長い時間を過ごしたところだ。


いたずらがすぎた俺たちは、よくここから抜け出して、「より大きな子ども」たちがいる場所をこっそりながめていた。


大きくなったら、進級テストに合格したら、早く俺たちもあの仲間に入るんだ。


俺は、秘密の抜け道のあった場所を覚えていた。


ここを通り抜けるような奴は、後にも先にもお前らだけだといって、当時の人間の保育スタッフも呆れていた。


今となっては、その時の人間がどんなふうに記録をとったかは分からない。


それを検索して確かめることは可能だけれども、今あえてそんなことをする必要はない。


その時の記録はキャンプに残されたかもしれないが、今このタイミングで、10年近く前の、膨大な記録情報の中から、たった一度きりの出来事を検索条件に入れるような、ファクターをたたき出す人工知能はいない!


保育ルームは、俺の記憶から何一つ変わっていなかった。


わずかな記憶に残る秘密の入り口の前に立つ。


なんでもない保育ルームの一角。


ここで嗅覚を育てるためのにおい当てクイズがされていた。


サンプルを置き、部屋ににおいを充満させ、それをまた屋外に排出する。


その小さな通風口を通って、人間のほぼ立ち入ることのないスクールの屋上、開閉式ドームの格納庫に入れた。


俺たちはその格子のように規則的に並んだ骨組みを渡りあるいて、上からこっそり上級生たち様子をながめていたんだ。


小さな格子枠を外す。


キャンビーを先に行かせて、俺はその後をたどった。


あの時の記憶が、コイツの中にも残っているのだろうか。


突然、強い衝撃が建物に走った。


またどこかで爆発が起きている。


あいつらは、この建物ごと破壊してしまうつもりか?


ドームの骨組みに足をかける。


そのタイミングで、屋根が動き始めた。


「ドームが閉まる! キャンビー、逃げるぞ!」


すぐにキャンビーは、脱出口を計算し始めた。


ここの構造は、俺のキャンビーの中に、しっかり入っている。


「避難口を発見しました」


ゆっくりと動き始めた骨組みをふらふら移動しながら、俺はキャンビーの後を追う。


キャンビーは徐々に下降し始めた。


必死で追いかける俺の視界に、『点検口』の表示灯が見える。


あそこだ。


気をとられた瞬間、俺は足を滑らせ、腹を思いっきり支柱をぶつけた。


そのまま支柱の上を体が滑る。


なんとかつかんだ柱に手をかけた時には、ドーム開閉の動作を確認する作業台から、ずいぶん下まで落ちてしまった。


キャンビーが慌てて追いかけてくる。


見上げる出口が遠くなる。


俺は、慎重によじ登る骨組みを選んだ。


ドームの屋根が閉まろうとしている。


その動きに合わせて、俺は点検口に一番近づけるであろう骨に、移動していった。


今だ!


自分の跳躍力を信じるしかなかった。


飛び移ったその先で、辛うじて片手が点検口の柵に引っかかる。


足を持ちあげ、なんとかそこによじ登った。


大きな息を吐く。


「さぁ、行こう」


人が一人通れるか通れないかの、細く急な階段を降りていく。


行き着いた扉の先は、どこに繋がっているんだろう。


キャンビーで内部地図を確認する。


シャッターで区切られてしまった、立ち入り禁止ラインは越えたようだ。


俺はそっと扉を開けて、廊下に出る。


真っ暗な廊下には、文字通り人っ子一人いなかった。


だがここで、機動ロボに見つかれば、俺自身もどうなるか分からない。


暗闇のなかを、ゆっくりと歩き出した。


最上階の競技場へ繋がる道は、4箇所ある。


きっとどこも、ふさがれているだろう。


通風口なんてのも、きっと塞がれているんだろうな。


そもそも、開閉式のドームで直接外と繋がっているところに、そんなものが必要として設計されているのかも怪しかった。


「キャンビー、通風口の配管って、分かる?」


「通風口の配管を調べています」


キャンビーの画面に設計図が映し出され、それをチェックしてみる。


今の俺には、それくらいのことしか思いつかない。


「ここの幅と高さはどれくらい?」


「この設計図の、幅と高さを調べています」


遠くで、かすかなモーター音が聞こえた。


はっと気がついて顔を上げた時には、もう遅い。


一体の機動ロボが、高速でこちらに近づいてくる。見つかった!


「行くぞ、キャンビー!」


無駄だと分かっていても、走る。


だけど、スクールの内部構造をダウンロードした機体の方がずっと賢くて、気がつけば廊下の行き止まりに追い込まれていた。


振り返る。


「退避命令が出ています。速やかに避難して下さい」


目の前で、蜘蛛型から人型に変形しながら、機動ロボが俺に向かって発音する。


「動かないで下さい。安全に移動させます」


白く細長い、顔のようなパーツ。


実際は、流体力学に基づく単なる風よけにすぎない。


4本指のアームが、伸びてくる。


これから逃れようとするなら、こいつらの高速で動くジョイントモーターとの勝負だ。


俺がわずかに体を動かすと、それに合わせてアームの動きも微妙に変化した。


「動かないで下さい。安全に移動させます」


とは言われても、時には暴れたおす凶悪犯罪者の確保に使われるようなロボットだ。


どうやって逃げよう。


細くて繊細かつ高出力なアームが伸びる。


「キャンビー!」


俺が叫ぶと、キャンビーはすぐに近寄ってくる。


いまだ! 


俺と機動ロボの間に入ったキャンビーを盾にすると、俺は身をかがめてその横をすり抜けようとした。


「動かないで下さい。安全に移動させます」


機動ロボのアームが、背後から腰にとりついた。


そのままつかみあげられた俺は、回転したアームによって、体が天井に向けられる。


「降ろせ!」


「動かないで下さい。安全に移動させます」


暴れて落ちても怪我をしないように、床からの高さが50cmを保たれている。


暴れてやろうにも、アームの内側に張られた強靱なクッションにしっかりと挟まれて、手足だけが空しく宙を切る。


「退避します」


俺をつかんだままの機動ロボが、ぐるりと体を回転させた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る