第15話

ニールの機体が相手機の間を縫うように、高速でフィールドを駆け抜ける。


ゴールエリアに向かった彼を追いかけるように、ボールを持ったレオンはカズコの子機にパスを回しながら、ニールの切り開いた道を進んだ。


俺は頭の中で、自分の位置とルーシーの位置を把握、計算しながら、相手機の進路を妨害する。


ルーシーの機体が、相手機と接触した。


シンクロ率を80%に下げ、こちらの衝撃を軽減する。


「ルーシー! 機体のバランスはこっちに任せて、相手機からの体当たり攻撃は避けて!」


彼女は、操縦桿を握り直した。


レオンからのパスボールを、ニールが受け取る。


そのまま、ルーシーが盾になっている軌道を、ニールは駆け抜けようとしていた。


相手機の動きが、そこへ集中する。


シンクロ率80%のままで、俺が彼女の機体を動かした、その時だった。


一瞬、上昇したかと思われた機体は、ガクンと傾き、再び失速を始めた。


急に下降し始めた機体は、再度ニールと激しく衝突する。


機体の一部が破壊され、コントロールを失った彼のアームから、ボールがこぼれ落ちた。


相手チームに、ゴールを決められる。


試合終了のホイッスルが鳴った。


完敗だ。


「ルーシー!」


フィールドに不時着した彼女に、ニールが詰めよる。


「どういう運転の仕方してんだよ!」


すっかり怯えたような目で、彼女はニールを見上げ縮こまる。


「やめろニール! ルーシーは初めての試合じゃないか」


機体から降りたレオンが、駆け寄った。


ニールはルーシーに対して、ずっと何かをわめき倒しているが、その一割も彼女には理解できていないだろう。


「ほら、落ち着けって!」


肩に置かれたレオンの手を、ニールは振り払った。


「ニール! ルーシーに文句を言うのは間違ってる、彼女の機体を操縦していたのは、ヘラルドだ」


俺とカズコも、すぐに駆け寄った。


「急にルーシーの機体が失速したんだ、コントロール不能だよ、練習の時と同じ現象だ。プログラムや機体の整備に、問題はなかったんだろ?」


「お前は、俺が悪いって言ってんのか!」


ニールの矛先が、俺に向かう。


「違う、俺は怒ってるんじゃない、質問しているんだ。機体制御のプログラムや、整備に問題はなかったんだろ?」


彼はヘッドホンを、地面に叩きつけた。


「じゃあどうしていきなりルーシーの機体がおかしくなるんだよ、お前がちゃんと2機分操縦するって宣言したんだぞ!」


「あぁ、当然じゃないか、俺はそう言ったよ。だけど、それが上手くいかなかったんだ」


「それがおかしいって言ってんだ!」


警告音がなった。


試合が終了したら、速やかにフィールドから退却しなければならない。


ニールとルーシーの機体は、接触の衝撃から、自走が困難になっていた。


「あーあ、長年連れ添った俺の機体が……」


回収ロボによって、拾い集められた部品と共に、俺たちはフィールドの外に出される。


すぐに次の試合が始まった。


トーナメント形式の今回の試合で、俺たちの出番はもうない。


「ヘラルド! ルーシーのコントロールが効かなくなったって、どういことだよ」


「だから、何度もそう言ってるじゃないか」


「俺のプログラムにも、機体整備にも問題は絶対にない!」


「だけど、コントロール不能になったのは事実だ」


「それがおかしいって言ってんだろ!」


俺はつい、ため息をもらす。


こうなったら、しばらくニールの興奮状態は続く。


「ニール、俺たちはよく頑張った。努力もしたさ、それが結果に繋がらなかったのは残念だったけど、いつでもハプニングというものはつきもので……」


「俺はそんな言い分けを聞きたいんじゃない!」


「5人チームでの出場が難しいのは、分かってたじゃないか、だったらどうして、3対3の試合に出なかったんだ? それなら十分、勝算はあっただろ」


ニールは、ふっと意地の悪い笑みを浮かべた。


「やっぱり、お前もルーシーが邪魔だと思ってたんじゃないか」


ここで彼の口車に乗ってはいけない。


それは分かっている。


だけど、俺自身の感情をコントロールすることも、この状況下では難しい。


「そんなこと、いつ俺が言った?」


俺は努めて冷静に、抑揚のない話し方をする。


「最初っから無理なんだったら、無理って言えばよかっただろ、2機分の操縦は難しいって! だっから、ルーシーのプログラムを、最初っから自走式にすればよかったんだ」


「お前が勝手に決めたんだろ、俺にやれって!」


「ちゃんと出来るって、言ったじゃないか!」


俺は、次の言葉を飲み込む。


確かにそう言った。


確かにそうは言ったが、機体が勝手に失速したんだ。


それは、誰が作ったプログラムのせいだ?


「出来ないなら、素直に言えって、『俺は出来ませんでした』って」


「もういいじゃない、二人とも。早く帰りましょ。終わった話よ」


カズコは、ルーシーの肩を抱き寄せながらそう言った。


そうだ、彼女のことを忘れていた。


カズコは、怯えたような彼女をつれて出て行く。


「だけどさ、ヘラルドの言う通りだよ、機体に問題はなかったのに、何かがおかしいって。ちゃんと調べた方がいいかも」


レオンが彼女の機体を振り返った。


「スクールに置いてある、誰でも使える初心者用ノーマルタイプの練習機に、なにがあるってんだ」


ニールは、彼女の機体を蹴飛ばした。


「俺は! ちゃんと出来るように色々と考えてやってたんだよ!」


「そうだよ、ニールはちゃんと考えてた」


こういう時、俺が口をはさむより、レオンの方が上手くやれる。


「だから、ちゃんと練習通りにやれてればよかったんだよな、そうだよね、ヘラルド」


俺は、その問いかけにはあえて答えなかったし、答える必要もないと思った。


そもそも、怒りの矛先が俺に向いている以上、当事者である俺はあまり出て行かないほうがいい。


「もっと、細かい調整が出来てればよかったよな」


レオンは、何度も小さくうなずいて、彼をなぐさめる。


「なにが悪かった?」


「時間が足りなかった、練習時間が」


レオンはニールの肩に手を置くと、彼の破壊された機体のところへ無理矢理連れて行った。


ニールはまだ怒っていたけど、自分の機体の修理を始めている。


俺はため息をついた。


胸の鼓動が早い、心拍数が上がっている。


俺は今、興奮しているんだ。


落ち着こうと考え直して、自分の機体に入れられたニールのミラープログラムをチェックする。


だけど、画面に並んだ無数の文字列を、俺は集中して見ているようで見えていなかった。


こんなんだから、俺が、チームが、仲間が。


だから成人出来るかどうか、俺は不安になるんだ。


こいつらとは、絶対に同じになんか、されたくない。


試合終了のホイッスルが鳴る。


いつの間にか決勝戦まで進んでいた試合は、華々しい最後を迎えていた。


両チームの選手が互いに固い握手をして、健闘をたたえ合い別れる。


優勝したチームは、とても大人びて、仲がよさそうに見えた。


「惜しかったな」


ニールのプログラムをチェックするフリをして、ただ画面に流していたら、ジャンがやってきた。


「これだけの短い時間で、よく準備できたな、試合に出れただけでもすごいじゃないか」


「だけど、それじゃダメなんだ」


悪いのは俺じゃない。


俺はちゃんと操縦してた。


失速には、何らかの原因があるはずだし、そもそも、ルーシーがいると分かって、無理矢理試合にエントリーして俺たちを巻き込む方が間違ってる。


ジャンは、俺の隣にしゃがみ込んだ。


「あはは、お前らまた喧嘩してすねてんのか」


「すねてないよ」


ジャンは笑う。


俺はそのせいで、また気分を悪くする。


「仲良くやれよ、チームなんだ。俺は今でもこのチームから抜かれた意味を、時々考えるよ」


俺はそうは思わない。


正直、ジャンの特異なリーダーシップに、ついていこうとする人間の気持ちが分からない。


きっとキャンプベースの中央管理システムは、彼のそんな欠点を、どこかで修正させようとしているんだろう。


彼自身が、それに気がつかないだけで。


ジャンが立ち上がった。


「あいつらの所にも行ってくる」


彼は、言い争いを始めたニールとレオンの元へ向かった。


ジャンと一緒にいた頃は、何も考えなくてよかった。


めんどうなことやもめ事も、全部ジャンが解決してくれたし、彼の言うことに従っていればよかった。


楽だった。


ジャンは、俺のところに来た時と同じように、笑いながらニールとレオンの間に割って入る。


がはがは笑いながら、あっという間に仲裁してしまった。


二人は、ジャンに何か機体の整備の説明をしている。


だからダメなんだ。


俺は、あんな風にはなれない。


流していただけのプログラム画面を閉じ、俺もフィールドを後にした。

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