第8話

まずい、これは、嵐がやってくる。


俺がルーシーの手をとった瞬間、風向きが変わって、雨が降り始めた。


「早く、車の中へ!」


激しい光と爆音の衝撃が、空気を激しく振動させる。


逃げ込もうとしたキャンピングカーは、激しく雷光に打ち付けられ、黒煙をあげた。


「シェルターは?」


ニールは、レオンに付き添ったカズコと俺に向かって叫ぶ。


「ここは海が近すぎて、シェルターまで遠すぎる」


天候の急変を察知して、公園を覆う雨よけのドームが動き始めた。


その強化プラスチックの板を、強風が激しい音をたててあおる。


ドームのモーター動力と強風のせめぎ合いで、独特のきしみ音が不気味に響いた。


その向こうで、すうっと一本の雲の筋が、触手のように空から伸びる。


「竜巻だ!」


空を覆おうとしていたドームの板が、一瞬にして吹き飛ぶ。


頭上に、バラバラと破片が降りそそいだ。


レオンが大きく腕を広げる。


ニールと俺とルーシーとの、三人を破片から守るように、彼はその上に覆い被さり、ぎゅっと抱きしめた。


そんな俺たちを背にして、カズコが空を見上げる。


ぐにゃりと曲がって倒れてくるドームの骨組みの前に、彼女は立ちはだかった。


カズコは冷静に、その倒れていく行き先を観察している。


「こっち!」


彼女はレオンごと俺たちを押しのけ、倒れた骨組みを避けた。


嵐の中に、不気味な倒壊音が鳴り響く。


ルーシーが声にならない声で叫んだ。


カズコは落下する防護板の破片を、自分を盾にすることで、俺たちの上に降りそそぐことを防いでいた。


はがれ落ちた大きなパネルの1枚が、カズコの体を押しつぶす。


「カズコ!」


彼女の左腕が潰れて、肉がそげ落ち骨まで見えている。


カズコがそうやって作った隙間で、俺たちはほぼ無傷で済んだ。


海から吹き上げる強風が波を巻き上げ、横殴りの雨と一緒になって叩きつけている。


ニールはレオンを押しのけた。


カズコに覆い被さる巨大なパネルをつかむと、彼はそれを力任せに引きずり下ろす。


ニールの、半アスリート種の力だ。


「ヘラルド!」


ニールが俺に、次の判断を求めている。


「公園の地下の管理ルームへ行こう、シェルター代わりになるはずだ」


「どこだ?」


カズコやレオンのようなリジェネレイティブの再生能力も、半アスリート種のニールのような高い身体能力も、持ち合わせていないスタンダードの俺に出来ることは、頭を使うことしかない。


景観に配慮された自然公園には、どこにも人工物が見当たらない。


キャンビーに検索をかけさせたとしても、この嵐では通信状態も不安定だし、そもそも間に合わない。


俺は、この公園の設計図を想像してみる。


公園を覆うドームの開閉口、そのモーター、地上に埋められた非常用の誘導ランプが、公園からの避難誘導ラインを示していた。


自分なら、どこに管理ルームを置く?


「こっちだ!」


そこは、何もない緑の芝生だった。


この辺りと目星をつけた位置を手で探る。


地面の一部が1箇所だけ、不自然にくぼんでいた。


そこに手をかけ、持ちあげる。


公園設備、管理、点検用の地下室への扉が開いた。


ニールは、動けなくなったカズコの体を抱き上げた。


細かな破片を全身に受けて、傷だらけのレオンはルーシーを引き寄せる。


吹き付ける嵐の中、地下室へ降りようとした時だった。


大きな波が、全員の足元をすくった。


流されそうになるルーシーの手を、ニールがつかむ。


辛うじてその場に踏みとどまった俺たちは、地下道への階段を見下ろした。


もう一度、大きな波が頭上から襲いかかる。


人間が3人も入れば一杯になってしまうような管理ルームの床は、もう水浸しになっていた。


「もうここはダメだ、遠くてもシェルターを目指そう」


俺の判断に、皆は黙って従う意志を示した。


ルーシーの手を、今度は俺が握る。


横殴りの強い風と雨が、視界を遮る。


何度も押し寄せる高潮が、公園出口までの短い距離を、さらに遠くしていた。


レオンが足を滑らせる。


カズコを抱いたニールが、レオンの腰をつかんで片手で持ちあげた。


せめてこの波の届かないところまで行かなければと、そう思う背中を、さらに波が襲う。


嵐の中、突如現れたバイク型ハンドリングロボの操縦者が、レオンの体をすくい上げた。


「ニール!」


「ジャン!」


ニールは、Uターンしたバイクのジャンに、カズコを投げ渡す。


ジャンがうまく受け取ったのを見届けると、彼はそのままルーシーを抱き上げた。


嵐の中を、ジャンのハンドリングバイクが走る。


「こっちだ」


ジャンは緊急避難命令の、セキュリティブロックを突破してやって来たんだ。


外は激しい豪雨、一般人の外出は禁じられているし、こんな状況下で動くバイクなんてありえない。


公道でのハンドリングバイクを操縦する、サポートシステムが作動していない状態で、あんな難しい乗り物を乗りこなすには、高い運転技術が必要だ。


公道まで走り出た俺に、ジャンが一枚のカードを投げた。


目の前には、安全のため外部からの解除を禁じられたシェルターの扉、そこに渡されたカードを差し込む。


ハッキングされようとしている扉のセキュリティーが、パスワードを要求してきた。


俺は、ジャンを見上げる。


彼が設定しそうなパスワードは、コレだ。


「**************」


扉が開いた。


真っ先にジャンのハンドリングバイクが飛び込む。


ルーシーを抱きかかえたニールが入ったのを見届けると、俺はシェルターの扉を閉めた。


バイクから降りたジャンが、大声で笑った。


ニールと2人、ハイタッチを交わす。


「腕は平気か?」


「まぁまぁだね」


そのまま二人は、シェルターに設置された備蓄用の食料品を漁り始める。


ルーシーは、意識なく床に投げ出されたカズコを抱き上げた。


「大丈夫だよ、カズコは、リジェネだから」


そう言った俺を、彼女は批難するような涙目で見上げる。


「レオン、改造バイクってのはな、こういう時に使うんだよ」


ジャンの言葉に、レオンは傷ついた体でにこりと笑って、片手をあげた。


シェルターに備え付けの救護ロボを作動させて、カズコを診察させようとした俺に、ジャンは言う。


「そんなことより、こっちきてお前も何か食えよ」


「うん、ありがとう。だけど、カズコの状態を、先にセンター送っておきたいんだ」


その後、さらに強さを増して荒れ狂った嵐は、朝になってようやく静かになった。

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