18-1(45)

 就業時間が過ぎ、残業モードに入る各部署の社員たちを横目に僕は

自宅アパートには帰らず以前ソラちゃんたちと共に人生初のお酒を経験

した居酒屋に立ち寄ることにした。

 先週ミカちゃんが急に「プライベートな時間が必要なの!」とウチの

近所のアパートに引っ越し早3日、遂に彼女のお喋り攻撃から解放されるも

やはりちょっとした寂しさが僕を居酒屋に向かわせたのかもしれない。

 いや正直理由はそれだけじゃないことは自分自身が一番よく分かっている。

 時間が早いのか店内はまだ誰一人お客さんの姿がない中、無意識のうちに

あの時と同じカウンター、しかも同じ席に着く僕はまだ未練たらしく何か

奇跡のようなものを期待していたに違いない。

 ふと左横に視線を移すが当然そこに彼女の姿はない。

 僕はあの時と同じ右から3番目の日本酒を頼み、深いため息を吐いた。

 

 どうして彼女は突然僕の前から姿を消したんだろう?

 僕の知らない高速に過ぎ去った時間の僕が彼女に何か嫌われるような事

をしでかしたんだろうか?

 僕が知らないもう一人の僕っていったいどんな人物だったんだろうか?

 僕が知らない間に作り上げられた人脈や人間関係、仕事のやり方など全て

を自らぶち壊した今の僕にはもはや味方などなく、社内での居場所はほぼ

なくなってしまった。 

 とはいえ以前の柴田部長といい、僕が憑依したての頃の部長のどちらも

たいして居場所などなかった事を顧みると元の状態に戻ったと思えばいい

はずなのにやはり若干寂しさを感じる。

 部下の吉田くんによると僕のいない間の僕はアグレッシブで抜け目なく、

まさに出世街道まっしぐらだったらしく周囲から”資料部の奇跡”と陰で

揶揄されてたらしい。

 そんな僕が元に戻った途端、急に僕の周りから一気に人が離れだすような

手の平返しされると……さすがにね、ハハッ、まぁもう一人の僕もきっと同

じような事してたんだからしょうがないか。

 

〈ピ・ポッポッ!〉〈ピ・ポッポッ!〉


 突然スマホが鳴り、画面に目をやると今晩クラブの常連さんと人生初の

イタリアンって大はしゃぎしてたミカちゃんの文字が浮び出た。


『もしもし、あれ、ミカちゃんどうしたの、デートは?』

『あっ、ショ―ちゃん、今どこにいるの?』

『どこって居酒屋だけど……』

『今からそっち行ってイイ?」』

『別にいいけど、常連さんはどうしたの?』

『食事、途中で切り上げちゃった!』

『どうしてさ』

『だって仕事の自慢ばっかでつまんないんだもん!』

『つまんないって大丈夫なの?』

『うん! 全然OKよっ! 今からそっち行くから待っててね』とこっちの

返事も聞かず一方的に電話を切られてしまった。

 

 そんな自由奔放な彼女がお店にやって来たのは電話を切ってから約30分

ほど経過した頃だった。


「お待たせ~」と手を振る派手な彼女にカウンターのお客さんの視線が一斉

に集まる中、僕は何故か恥ずかしくなり目線を下げた。

 

「ホントにいいのか~ 常連さん」

「ショ―ちゃんもしつこいわね、大丈夫よ」と彼女はいきなり僕の左隣に座り

、何の躊躇もなく注文を完了した後、お互いまともな会話もなく一気に平らげ

一息ついたところで僕の腕を突っついた。


「な、何だよ」

「この前見せてくれたレイちゃんの写真もう一回見せてよ」

 

 お酒がまわり、今彼女の写真を見るのも辛い僕は渋々ポケットからスマホを

取り出し黙って画面を彼女に向けた。


「どう見てもこの女性、ユミねえちゃんだよ」と勝手に画面上で指をスライド

させ、他の写真も確認し始めた。

「さっ、もういいだろ」とスマホを引っ込めると彼女は顔を斜めにしながら

僕を覗き込んだ。


「そんなに好きだったの?」


「な、何言ってんだよ」と思わず視線を逸らす僕に彼女は更に追い打ちを

掛けるように僕をいじり出した。


「もしかして今日レイちゃんに会えるかな~って思ってた?」

「おい、おい、からかうなよ」

「な~んか、ごめんね~ 私が先にこの席座っちゃって~」

「ちょっと、もしかしてミカちゃん相当酔ってる?」

「全~然、これからよ」【ところで何、飲んでらっしゃるの?】

「えっ!」

「そうそう、右から3番目の日本酒だったわよね~ ふふっ。 

ミカバージョンも悪くないでしょ!」

 

 ……思わず赤面してしまった僕は以前彼女に酔っぱらった勢いとはいえ

レイちゃんとの出会い話を詳細に語ってしまった事をこの時激しく後悔した。


「ごめん、ごめん、そんな顔しないでよ~ 冗談なんだからさ~」「ハイ、

これあげる。コレで許して!」と彼女が小さなバックから取り出した白い

紙切れには【V】の文字がポツリと書かれていた。

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