第50話 物をくれる度にランクアップよ。

 次に出る便のチケットを求めて券売所へ行くと、カウンターのお姉さんにちょうど今朝キャンセルが出て何席か空いたところですねーなんて言われ自分の行き当たりばったりさに寒気すら覚えたが、俺は無事深夜バスへと乗り込んだ。

 相席の婆ちゃん達がくれるよくわかんない菓子をハムりながら、これまた頂いた茶を喉に流し込む。

 聞けば、俺が滑り込んだこの席は婆ちゃ、いやお姉さま方グループの一人が体調不良でキャンセルしたものらしい。

 お姉さま方はいくつかの観光地を巡り、最終的には俺の地元を超え更に行った先、日本の最南端である沖縄に向かうとのこと。

 東北からバスで沖縄とか正気とは思えないが、この旅行には女学生時代のサークル活動を懐かしむという目的もあるらしく、お金のなかった当時と同じでいかに予算をかけずに楽しむかもコンセプトにしているとかなんとか。

 なるほど、年を重ねるとそういう楽しみ方もあるのかと感心している俺の前にまたぞろ並べられてゆくなんかよくわかんねえお菓子たちにすっかり餌付けされた俺は、尻尾を振る犬のように愛想笑いを振りまいていた。

 ちなみに、そこまでの会話でなに一つ俺から聞いた事柄はない。

 そんな俺の返事を一とすれば五を喋るサイケデリックな髪色のお姉さま方に囲まれて数時間、休憩に寄った高速道路のSAでお姉さま方が買い込んできた大量の弁当を見てまだ食うのかこのババアなんて失礼な感想ほんねを抱いた俺の前に、男の子なんだからこれくらい食べられるわよねえ? なんて悪魔のささやきの下、山と積まれてゆく弁当箱。

 うめえ。人の金で食う飯ほどうまいものがこの地上にあるだろうか? いやない。

 という冗談は置いておくとして、こうやって旅をしながら食べる弁当というのは学園クラフトの料理とはまた違うベクトルで格別だ。

 非日常感というのは空腹と並ぶ最高のスパイスで、これはツーリング中にコンビニの駐車場で食べる弁当にも通じるものがある。

 でもそろそろ腹がキツイ。いくらうまかろうとガソリンタンクに容量があるのと同じく人間の胃袋には限界がある。制服のベルトがはち切れそうだ。

 しかし空き箱の横にはまだ五つの弁当が残っている。

 一つ一つの量が少ないのは幸いだが、塵も積もれば山となるだ。許容量を超えたアレやコレはやがて上下から前後左右してしまうだろう。

 しかしこの男・倉井未来。与えられた食事を残すことはプライドが許さない。俺はお婆ちゃんっ子な上に親戚が農家なのだ。

 ところで金をかけないっつーコンセプトはどこに逝ったんです?



 マダム達は喋り疲れたのか、日が変わってしばらくした頃に眠り始めた。

 俺は彼女達のいびきをBGMに、一人黙々と弁当に箸を伸ばし続ける。

 通り過ぎる外灯に街並の灯り、遠く水平には月光を反射してキラキラと光る水面が。

 しかしそんな流れる夜景にも俺は腹が苦しい以外の感想を抱けない。

 今なら幼稚園児にもワンパンKOされそうな気がする。


「うっぷ……ごちそうさまでした、っと」


 ようやく食い終えることができた。

 長い戦いだったが、人類の勝利だ。

 丸くなった腹を一撫でしてから割り箸を粉砕し、最後の空箱を重ねて袋に入れる。高く積まれたその姿は五重塔ごじゅうのとうどころか法勝寺だ。

 勝利の美酒とお茶のボトルに口をつけるも、戦いを終えたと油断した身体はそれを受け付けず酸っぱいものが込み上げる。


「いやー、君よく食べるねえ」

「え?」


 嘔気を我慢しつつ声のした方に顔を向けると、後ろの乗客が身を乗り出していた。


「おに……お姉さん? その制服クラフトの生徒だよね?」

「男で合ってますよ」


 俺が女に見えるならすぐに下車して救急外来に飛び込むことを強くお勧め致しますが、とにかくそこにはマダム達に負けず劣らずな色彩をした女性の頭があった。二十歳くらいかな、一言で言うのならパンクな感じのお姉さまだ。


「あ、やっぱ男で合ってた? でもあそこって女子校でしょ? 共学になったって話も聞かなかったしセンシティブな問題かと思ったさね」

「女子校のままっすよ。ところでお姉さんは?」


 クラフトは名門ではあるが、制服を見て一発でそれだとわかる人は変態以外にそうそう居ないだろう。しかし目の前の女性はファッションからして間違いなく変人だが変態ではなさそうだ。

 かといって俺を知らないということは学園の関係者ではなさそうだし、俺の方もこんな物理的に眩しい人を忘れるわけがない。


「あ、あたしは南雲叶なぐもきょうっての。妹が今年からクラフトに通ってんのよね。君は何年生?」

「倉井未来、俺も一年です。……妹さんですか?」


 なるほど、それなら学園を知っていて俺を知らないというのもおかしくはない距離感だ。

 にしても南雲……どっかで聞いた名だな。


「……あっ、ああ! あのヤンキーっぽいの! あっ」


 やっべ、身内に向かってヤンキーはないわ。

 気付いた瞬間手を叩いて“あれね!”的な感じに指までさしておいてなんだが。


「そうそうそれそれ! なにあの子、新しい学校でもうなんかやらかしたん?」


 しかし見たまんまノリのいい叶さんは俺のアレな物言いに気分を害することもなく笑っていた。


「やらかしてるかどうかは知んないっすけど、授業はサボってましたよ」


 入学早々な。まだ三日目だし体育の授業に至っては初っ端だぜ。


「サボりかー……ま、それくらいならセーフかな? 」

「普通にアウトじゃないっすか?」

「はははっ、やっぱり? そいつを本人にも言ってやってよ!」

「いやそんな絡みがあるわけでもないんで……クラスも違うし、喋ったのも今日が初めてなんすよ」

「別のクラスなん? へえ、そんでどんな話したんよ?」

「あいつに着替え覗かれて、その時にちょっと」

「君が見たんじゃなくて? なにそれ普通逆じゃん!」

「やめてくださいよ、女子校でんなことしたら俺の居場所なくなります」

「それでこうやって逃げてるとかは? ないか!」

「洒落にならねえなあ…… 」

「ごめんごめんっ。まあお菓子でも食いねえよ」


 鬼か?

 まあ実際は着替えどころか裸まで見ちまったやつも居るんだが、明るみに出なければなかったも同然よ。

 物事とは観測する者が居て初めて成立するとなんかすごい学者も言っていた。

 そしてお菓子とは人に食われることによってお菓子足り得るのだ。

 もぐもぐ。


「まーせっかくだし仲良くしてやってよ。どうせあの子友達居ないだろうからさ」

「そりゃ向こう次第というか……」

「あー……あの子ガラ悪いからそれでよく避けられちゃうんだよねえ。……君もそのクチかな?」

「いや避けるっつーか……」

「つーか?」

「お姉さんに言うのもアレですけど、あの手のタイプの女の子は苦手なんすよ」

「苦手? 君人見知りするようには見えないけど」


 いや、ある意味避けたいというのも間違ってないかもしれないな。

 ルクルに対する舞子さんの評を聞いた時にも考えていたことだが、俺はヤンキー女子との相性がすこぶる悪い。


「だって男同士なら拗れても行きつく先は最悪殴り合いで済みますけど、女の子だとそうもいかないんでしょ?」


 女子のそれは陰険っていうし、こわい。

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