第49話 実家に帰らせて頂きます!!

 楽しい楽しい体育の授業が終わり、特に記憶に残る伝達事項もなかったホームルームも終わり。

 学園に来てから初めての休みを翌日に控えた、いわゆる花金である。

 この週末は実家までバイクを取りに帰ろうと思っているので、今のうちに保健室に寄って頭を診てもらうついでに宝条先生の連絡先を聞かなければ。

 休みの間には帰って来るつもりだけど、土日に保健室が開いているかわからないしな。

 それが終わったら寮に帰って夕飯を食べて、その足で学園をつつもりだ。

 本当はこんなに急いで取り行くつもりはなかったけど、なんせ今の俺は宝条先生のせいでバイクに乗りたい欲が溢れ出ている。

 今日のうちに学園を出れば最短で明日の夕方には帰って来られるし、それか久しぶりって言えるほど経ってはいないが、せっかくだから昼間は地元の奴等と遊んで学園に向かう道中どこかの観光地で一泊、日曜の夜にゆっくり帰って来るっていうプチ旅行プランもありだな。まあそれは帰ってから決めよう。

 震えてしまうほど完璧過な計画だが、なんにせよまずは保健室だ。

 あれから痛みや不調はないから大丈夫だと思うけど、もし異常があるとか言われたらこの計画は全部水泡に帰す。

 鞄を手に立ち上がった俺は呼び止める電波に手を上げて断りを入れ、弾かれるように教室から飛び出した。

 廊下や通路を駆ける俺の脳内に流れるBGMはもちろんTRUTHだ。

 しばらくして保健室にたどり着いた俺は、乱れた息を整えてから扉を開けた。


「先生、言われてた経過観察に来ました」

「倉井くんか、よく来たね」


 入室と同時に声をかけると、デスクに向かっていた先生がそれに気付いて椅子を回転させた。何か作業中のようだったけど、タイミングが悪かったろうか?


「出直した方がいいっすか?」

「問題ないよ。あとは印刷して終わりだから……よし、それじゃあ座ってくれ。さっそくだが診察を始めよう」


 促されるまま椅子に座り、頭をぺたぺたと触診されながらいくつかの質問に答える。流石に二度目のMRIはないようだが、打った場所が場所だけに俺を診てくれる表情は真剣そのものだ。

 仕事モードの宝条先生は初めて出会った時と同じく凛としていて、一昨日見たポンコツ具合は鳴りを潜めていた。

 両方ということもありえるが、どちらがこの人の素なんだろう。


「そうだ倉井くん。あれから授業には間に合ったかな?」

「まあギリギリってとこっす」

「そうか……間に合ったのならよかったよ。本業は医者だが、これでも教員の端くれだからね。生徒を遅刻させたとあっては面目が立たない」


 実はギリギリセーフじゃなくてギリギリアウトだったんですけどね。

 ルクルに言わせれば詭弁暴論の類なんだろうけど、まあ嘘は吐いていない。


「運転とか問題なさそうですか?」

「運転? ああ、そういえば休みにバイクを取りに行くと言っていたね。ということはこの週末にさっそく行くのかな?」

「今日の夜から行くつもりですけど、チケットとかまだ取ってないんでもしダメそうなら延期しますよ」

「いや、問題ないよ。……今日からということは深夜バスで行くのかい? それとも夜行列車?」

「バスのつもりでしたけど、夜行列車いいっすね」


 なにより言葉の響きに浪漫が溢れている。

 ……どんなものなのかはわかんないけど。まあ先生が勧めるのなら間違いはないだろう。


「バイクや車から見るのとはまた違った夜景が覗けるし、旅をしている感覚が強くていいものだよ。それにベッドもあるから、飽きたら寝てしまえばそれで目的地だ」

「へえ……そういう話を聞いてたら益々乗ってみたくなりますね」

「機会があればぜひ乗ってみるといい。……そういえば、きみの地元はどこなんだい?」

「〇〇県の上の方にある××ってところですけど、有名なもんとかなにもないんで多分わかんないっすよね」


 マジでなーんもなさすぎてお土産とか用意できないし、遠方の友達とか遊びに来ても案内する場所がない。控えめに言っても終わっている地方都市だと思う。


「〇〇はわかるが××はな……しかし〇〇ということはかなりの距離があるね。この後すぐにでも出るつもりなのかな?」

「飯食ったら出ようくらいに考えてるんで、これって時間は決めてないです」

「きみも大概無計画だな……。ん、 待てよ。夜行バスで帰るのなら、寮で食事を取ってからだと間に合わないんじゃないか?」

「え?」

「確か……うん、そうだな。この街から〇〇方面に出る夜行バスは九時十分が最終便だから、学園から停留所までの所要時間を考えるとかなりの無理筋じゃないかな?」


 嘘だろ?


「……その顔は。ああ、私も昔同じ勘違いをしていたことがあるから気持ちはわかるが」

「深夜バスなのに?」

「深夜を跨いで走るバス、だよ」

「深夜から乗れるバスではないと」

「そういうものももちろんあるけど、少なくともこの街から出ているものは前者だね」


 詐欺じゃねえか。えっどうしよう明日にするか?

 半日しか変わらないけど、楽しみにしていた予定がズレると萎えるどころの話じゃない。どうしようしなびてそのまま消滅してしまいそうだ。

 いや、それなら逆に予定を早めて飯を食べる前に出るのもありなのか?


「……私も街に出る用事があるから、少し待っていてくれれば停留所までは送っていけるけど、どうする?」

「いいんすか? 俺マジで甘えちゃいますよ?」


 眼に見えて落ちた俺の様子を見かねた先生が、先日と同じくありがたい提案をしてくれた。

 ちょっとどころではない厚かましさだが、正に渡りに船というやつだ。


「言い出したのは私だから、それはもちろんいいんだが……荷物とかは大丈夫なのかい? バイクだからリュック一つくらいしか持っていけないよ?」

「鍵もメットも実家ですし、財布とスマホは持ってるからこのままで大丈夫ですよ!」

「私の人生で、君ほど行動的な人間は見たことがないかもしれない」

「誉め言葉として受け取っておきます!」

「わかった。しかし時間が時間だ、他の生徒に見られるとあまりよくないから学園を出た所で待っていてくれないか?」

「了解です」


 特定の生徒を贔屓していると思われたら宝条先生も困るだろう。実際はただの同好の士なんだけど、外から見てもそんなことわからないし。

 ……まあこういうのはバレなければ問題ないのよ。前の学校でも仲の良い生徒に飯を奢る先生とか普通に居たし。

 というわけで逸る気持ちを押さえきれない俺は、一足先に校門の外へ向かい先生を待つ。しばらくして現れた先生はあの時と同じくライダースーツに身を包み、煽情的な身体のラインがくっきりと表れていた。

 相変わらず峰不二子みたいなスタイルしてるなこの人。あれはハーレーだったが、いや先生もハーレー似合いそうだな。

 他にも何台か持っているって話だったから、もしかしたらマジで持っているかもしれない。そうなるとどんだけ高級車ばっか乗り回してるんだって話だけど、本業が医者ならそれくらいのお金はあってもおかしくはないのか?



 学園から街までの道のりは、深夜と夕方で人通りがないのは相変わらずだが、雰囲気がかなり違っていた。

 あの時は夜の森特有のおどろおどろしさがまさっていたが、この時間帯の山道さんどう からガードレール越しに見下ろす街並みとその上に浮かぶ夕日は、初めて見る光景なのにどこか懐かしさを感じさせる。

 目的のバス停には山を降りて四十分ほど走ると無事着いた。

 一昨日と今、先生の後ろに乗っていてだいたいの主要道路は覚えたが、帰ってきたら自分の足でうまい飯屋とか銭湯のあるポイントを探索して回ろう。


「宝条先生、今日もありがとうございました」

「いや、私もどうせ仕事で街の病院に出向く用事があったからそのついでさ。それに先日は朝まで連れ回してしまったからね、そのお詫びというわけはないが、気にすることはないよ」


 お世話になりっぱなしだから、せめて先生にはお土産の一つ二つ奮発したいと思うが、俺の地元は観光地として死んでいるので帰ってきたらお歳暮用の詰め合わせでも買おう。


「帰ってきたらぜひ一緒に走ろう。楽しみにしているよ」

「俺の方こそ。でも先生、200kmは勘弁してくださいね。流石にニーハンじゃ無理っす」

「ふふっ、きみは意外といじわるだね」



「あーそうだ、帰る前に連絡先聞いといてもいいっすか?」


 なんかこれからもお世話になる気がするし。

 頭のこととか、それ以外でも。


「いいよ。電話番号はxxx-xxxx-xxxxだ」


 おお流石社会人、自分の番号はそらで言えるらしい


「了解、ワンギリしますね」


 ぴぽぱっと……よし登録オッケー。

 登録ついでに俺の方でメアドを表示しようと自分の連絡先を開いたところで先生のスマホが震えた。

 俺はまだコールしていない。


「失礼、仕事の電話のようだ」

「ああ、じゃあメアドは帰ってきてからでも。電話も向こうに着いてから掛けますね」


 仕事の電話ってのがどれくらい長引くかもわからないからその途中でキャッチを入れちゃうと悪いしな。


「すまないね。それじゃあまた」

「うっす。本当にありがとうございました。そんじゃ行って参ります」


 と先生と別れたところで、スマホの電源が落ちた。そうだ充電してねえんだよ。むしろ今までよく持ってくれたな。

 ついでに言うとルクルや真露に実家に帰って来るって連絡するのを忘れていたし、なんなら家族にも連絡していない。

 まあいいか、土日だし俺に用もないだろう。

 飯いらないって連絡だけは入れておいた方がよかった気もするけど、まあ後のフェスティバルよ。


そして俺は、後にホウレンソウの重要さを身をもって知ることになる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る