第42話 ひよこの世話してたくせによく鶏白湯なんて食えるなこいつ。

 作業を終えたゼクスに呼ばれ、俺は後ろに回ってモニターを覗き込む。

 途中にも何度か意見を求められて口を出すことはあったが、俺がやったと言えることは茶汲みとお菓子の補充くらいで、文章は全てゼクス一人で仕上げていた。


「んー……いいんじゃないか?」


 最終確認と言うだけあって、画面上に表示されているものはそれまで見せられていたテキストファイルではなく、ちゃんと新聞のレイアウトになっている。

 読んでいておかしいと思ったり詰まった箇所は特になく、普段から作り慣れているだけあってちゃんと新聞っぽくなっていると思う。

 やっぱ俺必要なかったろ。


「今から印刷するのか?」

「んー……そうですねえ。これで完成のつもりですけど、一度時間を置いてから確認しておきたいので、やるなら放課後ですかね」

「ふーん。ま、その方がいいだろうな」


 誤字に限らず、時間を置いたからこそ見えるものもあるだろうし。

 しかし意外と冷静だな、こいつのことだから、今すぐ印刷して今すぐ配りに行くくらいのことは言うかと思ってたんだけど。


「それに、そろそろご飯に行かないとお昼休みが終わってしまいます」


 推敲を終えたゼクスはパソコンの電源を落として折り畳む。言われて時間を確認すると、今日は通常授業じゃなかった分昼休みに突入するのがだいぶ早かったのに、結構熱中していたせいでいい時間だ。


「付き合わせたお詫びにご馳走しますよ」

「いや……最中とか羊羹いっぱいもらったからそりゃいいんだが、せっかくだしゴチんなります」



「何食べるんだ?」

「んー……どうしますかね。倉井くんはなにか食べたいものがありますか?」

「せっかくだから行ったことない店がいいな。まあ、まだあれしか入ったことないんだけど」


 そう言って昨日ルクル達と行った洋食屋を指す。

 すげえうまかったけど、他の店の味も知っておきたい。

 今の状況で連続して同じ店に入るということは、他の店の味を知るのが一日遅れるということだ。つまり、“なんで今までこの店に行かなかったんだ!”と後悔する確率も上がっていく。

 一日でも早く全ての店を回るのが、俺がこの学園で一番にやるべきことである。


「ゼクスのおすすめは?」

「おすすめという程ではありませんが、よく行くのはあそこのラーメンですね」

「じゃあそれで」


 電波も言ってたところだな。

 あいつの場合は一人で入りやすいってのも理由の一つだったが、食堂街にはラーメン屋も複数ある。その中で二人が揃って常連だというんだ、味も間違いないだろう。

 俺も外に居た時からラーメンは好きだし。いやこの年頃の男でラーメン好きじゃねえやつとか人生で見たことねえけど。

 店構えからは何系ラーメンなのかわからないが、女子校だし塩とか魚介系の上品なやつかな。まさか家系ではあるまい。


「あ、電波」


 噂をすれば、というやつだ。

 カウンターでメニューとにらめっこしている小さな姿は見間違いようがない。


「お友達ですか?」

「ああ、クラスメイト」

「可愛らしい女の子ですねえ……ロリコンですか?」

「クラスメイトつったろ同い年だよ」


 留年して俺より上なことはあっても下はねえだろ。

 まあ、無視して素通りするのも感じ悪いし、声はかけよう。


「よう、電波」

「わあっ」


 コップを倒す電波。

 いや驚きすぎじゃないか?


「あーあ……こんな濡らしちまって、何やってんだよ……すみませーん、タオル二枚お願いしまーす」

「く、倉井くんっ、どうしてこんなところに? 用事があるんじゃなかったの?」

「昼休みに用事があるとは言ったけど、それでも飯くらい食うだろ」

「そ、そうね」

「おまえの方こそ、ルクルは誘わなかったのか?」

「う……声をかけようかと思ってるうちに、鹿倉衣さん出て行っちゃったのよ」


 責めているわけじゃないのに、電波は悪戯が見つかった子供のようにバツの悪そうな顔をしている。

 迷う暇がありゃ俺のところに気た時みたいにスパッと行きゃいいのに、こいつにとってルクルはまだ友達の友達くらいの距離感なんだろう。



「はー……ゼクス、こいつも一緒にいいか?」

「いいですよー」

「ゼクス? ……仮面?」

「そうだ。この人は見ての通り怪しい人だから、一人で居る時は間違っても付いていくんじゃないぞ。もし約束を破ったら……」

「や、破ったら?」

「なんと恐ろしいことに、部室棟の一番奥に三年間監禁されてしまう」

「ちょっと! 聴こえてますよ! 人聞きの悪すぎること言わないでください!」

「ひえっ……監禁……三年間も……」

「私だってそんな、無理矢理なんてしませんよ!」

「どの口で言ってんだてめえ」



 電波のこぼした水を拭き、俺たちは奥のテーブル席に移動する。ちなみに服にかかったのは、流石に自分で拭いてもらった。

 さてとメニューは……お、鶏白湯か。好きだけど、豚骨以上に当たり外れが激しいんだよなコレ。最近の流行りだからって家の近くにできた店は三か月と持たず消えていったし。


「鈴木さんはもう入る部活は決めているんですか? もしまだなら新聞部とかどうでしょう」


 さて豚丼と炒飯どっちを追加しますかね……とメニューを眺めていると、ゼクスがそんなことを言う。俺は顔をあげてゼクスを見る。


「うっ……そんな眼で見ないでくださいよ、いいじゃないですか普通の勧誘ぐらい」

「新聞部……? でもそんな部活、紹介にあったかしら?」

「いや、こいつは紹介の時間に寝坊してたからなかったぞ」

「ふーん……え、ということはもしかして、ゼクスさんが部長さんなの?」

「そうですよー」

「はえ~すっごい……ってそれじゃあ先輩じゃない!」


 そこに気づくとは……やはり天才か。

 上級生のゼクス相手に電波がコミュ障を発揮しちまう前に話題を変えておこう。


「よし。俺は頼むもん決まったけど、二人は?」

「私は決まってますよ」

「わたしも」


 それじゃあ俺待ちだったのか。そういやこいつら二人とも常連だって言ってたもんな。

 なんか裏切られた気分だ。



 俺がラーメンの相棒として選んだのは豚丼だ。角切りにされたチャーシューの上に醤油ダレとマヨネーズがかけられ、更に青ネギが散らされている。食べるまでもなくうまいとわかるので一秒でも早くかっ込みたいが、ラーメン屋で最初に口をつけるのはスープと決められている。それ以外で幕を開ければ店主に殺されてスープにされても文句は言えないのだ。

 ということで白濁したスープを掬い一口。

 うまい。この学園に来てから何かを食べてそれ以外の感想が出た覚えがないけど、とにかくうまい。

 続いて麺を口にし、口直しにと水を一口頂いてから豚丼に手を伸ばす。何度でも言おう、うまい。


「うめ。うめ」

「ラーメン大盛に豚丼なんて、よく入るわね」

「バカ言うな、おかわりもいけるぞ」

「はえ~……たくさん食べるのね」

「倉井くんはここに来る前にも最中と羊羹をいっぱい食べていましたし、ずいぶんと健啖家のようですね」

「まあ俺と二人じゃ性別が違うし、身体の大きさも違うだろ。それに電波はもっと食え、じゃないと大きくなれねえぞ」

「失礼ね。これでも中等部の三年間でけっこー伸びたのよ」

「嘘でえ」


 大きくなる、というのは身長のことだけではなく教室で持ち上げた時に軽すぎたのもあって言ってるんだが、俺が余計な返しをしてしまったせいでどうやら電波はそうとしか捉えなかったらしい。むーっと不満そうな視線を向けてくるが、子供っぽすぎてまったく怖くない。


「……あなたって、けっこう失礼よね」

「いや電波くらいだぞ」


 こんだけ小さいの電波くらいだし。次点でルクルだけど、それでも140はあるし結構食べる。真露もルクルと同じくらいだけど、栄養の行き先が一目瞭然なので除外。


「遅かれ早かれでしたね」

「ん? なにがだ?」

「いえ、お気になさらず。さーて、麺が伸びちゃう前に食べますよー!」

「なあ、今更だけど仮面付けたままで食べにくくないのか?」


 麺を持ち上げたゼクスに、ずっと気になっていることを聞く。


「慣れてるんで問題ありません!」

「ふーん……もしかして風呂に入る時とかも付けたままなのか?」

「えっちですねえ……」


 何がえっちなのかわからないけど、問いに答えることなくゼクスは食事を再開した。

 そこからは時間が押していることもあり黙々と食事を続け、先に食べ終わった俺とゼクスは電波を待つ。


「ゆっくり食えよ」

「ん」


 電波の顔には、俺達を待たせると悪いから早く食べようというのがはっきり出ていた。

 だから俺がそう言うと、ゼクスがまた余計なことを言う。


「兄妹……いえお父さんみたいですねえ」

「それ今朝も別のやつに言われたわ」

「ごちそうさま!」


 必死に食べていた電波が箸を置く。

 そこで俺は信じられないものを見てしまった。こいつら二人ともスープを残してやがる……こんなことが許されるのか……?


「? 顔になにか付いてる?」

 

 丼から顔に移った俺の視線に気付いた二人が、紙ナプキンで口元を拭う。


「おまえら……いや、なんでもない」


 ショックを受けてしまったが、なんとかそう答えた。

 少し一服した後校舎に戻った俺達は、一人だけ学年が違うゼクスと別れ、それぞれの教室へと向かった。

 今気づいたけど学食タダじゃねえか。何がご馳走しますだよ。

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