第41話 反省してまーす。
近くまで行くと、ようやくゼクスは俺の名前を呼ぶのをやめてくれた。
「俺に恨みでもあんのか?」
「え?」
「いや……ああもう、忘れてくれ。やるならとっととやっちまおう」
「おっ、やる気充分ですねえ! いいですよ~」
「新聞部の部室はどこにあるんだ? 部室棟集合ってことは、この中だよな?」
ゼクスをスルーしてくいっと指した部室棟は、校舎ほどではないにせよ、
いい施設だけど、昼休み開始と同時に来ただけあって
「そうですよ。案内しますね」
ゼクスに先導され、部室棟の中へ足を踏み入れる。
手芸館のロビーと同じように絵画や壺などの調度品が……と思わせつつ、よく見ると壁に掛かっているのはカードゲームのポスターだし、台に置かれているのはクリスタルケースに入れられたジオラマだ。
おもちゃ屋かな?
俺が部屋物珍しさでロビーを見渡している間にゼクスが来客用のスリッパを用意してくれていたので、上履きに履き替えた俺達はロビーを抜け階段を上がり、二階の端、新聞部と書かれた部屋に入った。
そこはE組の教室と同じくらいの広さで、室内には十台ほどのノートパソコンと街の新聞屋で見るように本格的な印刷機が一台置かれていた。キャスター付きのホワイトボードには赤字で大きく“必勝!”と書かれている。
「どこでもいいんで適当に座っちゃってください、今お茶を入れますね」
「うぃ」
あらかじめ沸かしていたんだろう、鼻歌を歌いながら茶葉を用意し、急須にお湯を移すゼクス。
しばらくして目の前に湯呑が置かれた。
うまい。けどめちゃくちゃ熱い。
「お茶請けもどうぞ、抹茶によく合いますよ」
続いて目の前に置かれたのは最中だ。
うまい。なんぼでも入りそうだ。
「……いや違えよ、茶ぁしにきたわけじゃないんだよ。ビラ作るんだろ?」
「せっかちですねえ……」
俺は目頭を押さえて天井を見る。
「あーごめんなさいごめんなさい! 結構強引に付き合わせちゃってますから、せめておいしいお菓子でもと思ったんですよー!」
「まあ……そういうことなら……もぐ……まあ実際うまいし……ありがたく……うん、まだ有る?」
というか強引な自覚はあったのか、それにびっくりだわ。
「どうぞどうぞ、こちらに」
追加で現れる最中。隣には羊羹も追加されている。
まずは厚くカットされているそちらから一口。
……うん。どちらも抹茶の渋みとよく合うな。
「おいしいでしょう?」
「ああ、うまい……どこで買ったんだ?」
「市販品じゃありませんよ、この学園の生徒が作ったものです」
「和菓子部か」
「そーですそーです。大量に使って他の部におすそ分けしてくれるんですよ。おかげでカロリー計算が大変です」
「この学園に居る限りダイエットは厳しいだろうな、なんもかんもうますぎる。つーか気にするほど太ってるようにゃ見えないが」
カロリー管理と言うが、目の前のゼクスはむしろ細い方だ。というかこの学園に来てから極端に肥えた人を見た覚え……がないわけではないけど、全体的に細い人が多い気がする。お嬢様校だけあって自制心のある生徒が多いんだろうか?
「ふふ、ありがとうございます。女の子にとって甘いものは別腹なんて言いますけど、そのまま本当にお腹以外へ消えてくれればいいんですけどね……」
喉元過ぎ去り異空間に……ってのは都合よすぎる話だが、まあ言いたくなる気持ちはわかる。
かく言う俺も学園に来てから食ってばかりで太りそうだと思っていたし、まあゼクスにも言った通りここの食い物はうまいから仕方ない。
「おっと……すっかり話し込んじゃいましたね、そろそろ作業を始めましょう」
「そんで、俺は何を手伝えばいいんだ?」
立ち上がって流しへ向かうゼクスの背に声を掛ける。
「……」
それを受けたゼクスは、食器を
「……何を手伝ってもらいましょう?」
「……っく、はは」
「ちょっとっ、なんで笑うんですかー!?」
「いや、悪い悪い」
マジで勢いで生きてやがるな、こいつ。
振り回されてばっかりだけど、昨日も思ったが悪気はないんだろう。廃部になりかけてていっぱいいっぱいなだけなんだよな。
ここに来るまでイラついたり気落ちしてたのがバカらしくなって、それで思わず笑っちまった。
「とりあえず、洗い物は俺がやっておくからゼクスは紹介文でも書いておけよ。俺はそっち方面じゃ役に立てないだろうから、何か必要なもんを取って来るとか雑用がありゃ言ってくれ」
「お? おお? えらく協力的になりましたね……最中と羊羹の力ですか?」
「ああ、そういうことにしておいてくれ」
俺が楽しんでるってことがわかったら、こいつは調子に乗るだろうからな。
◇
キーボードをカタカタ叩く音。
ゼクスは仮面越しでもわかるくらい真剣な表情でモニターに向かっている。
しかしなかなか納得いくものは書けないのか、時折手を止めてはう〜んと唸り、その次は決まって人差し指でなにかのキーを強く押し込む。
あれはバックスペースだろうか。
ゼクスが手を止める回数が増えてきたところで、俺は立ち上がる。
声をかけて集中力を切らせてもアレだし、俺にできることをやっておこう。
まあ、こうして茶を淹れることくらいしかできねえんだけどな……。
さっき出されたやつがそうだったし、熱めに淹れてやるか。
道具の場所はさっき見て覚えたので、俺はお湯を沸かしてる間に茶葉と急須、それから湯呑みを用意する。
高いところからってのは紅茶だっけ? まあ素人が変にやって飛び散っても惨事だし、普通に淹れようか。
どぼどぼどぼ……っと。うん、湯呑み越しに持った感じだと、これくらいだったかな。
「はい、お茶。気持ちはわかるが、あんま根を詰めすぎんなよ」
「ありがとうございます」
俺も席に戻り、茶を啜る。
しかし熱いな。舌がピリピリする。
そう思い机の向こうに居るゼクスを見ると、
「ぶーーっ!! 熱ゥイ!」
ちょうど噴き出したところだった。
「きったね」
「ちょっとー!? なんですかこれは! 熱すぎますよ! 火傷したじゃないですか!」
やかましいやっちゃな……。
「いや、ゼクスが淹れてくれたのと同じくらいだと思うんだけど」
「女の子ですよ!? そんな熱いの飲めるわけじゃないじゃないですか!」
「んー……ごめん」
あんまり、いや全然まったくこれっぽっちも悪いと思ってないけど。
たぶんこの人最初に俺が思ったより十倍くらいチョロいから。
心とか篭ってなくても、うん。
「しょうがないですねえ……次からは気を付けてくださいよ」
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