第22話 黙秘権を行使します。

 食堂がある場所は、どうやら俺達の教室がある校舎とは違う建物らしく、電波を加えた俺達三人は中庭から外———来た時とは違い、校舎を経由せず挟まれている側面から出て、並んで歩く。

 まあ、なぜか電波は俺達の後ろに付こうとするので、半ば強引に隣を歩かせているんだが。


「なあ、食堂ってどんな感じなんだ?」

「少なくともおまえが想像していそうなものではないだろうな」

「だから、それがどんな感じなのかってのを聞いてるんだが……」

「まあ、それは見ての楽しみというやつだ」

「……教えてくれる気はゼロっつーことね」


 だが生半可なことじゃもう驚かないぞ。内装が高級レストラン風になってるとか、メニューが超豪華とか、給仕がメイド服を着こんでるとか、それくらいはもう覚悟出来てるし。


「学園で誰かと一緒にご飯を食べるなんて、始めてだわ」

「電波」

「なあに?」

「言ってて空しくなんねえのか?」

「……」

「……いや、悪かった」

「なに辛気臭い話をしているんだおまえ達は。お通夜みたいだぞ」

「う……ごめんなさい、鹿倉衣さん」


 言いたくなる気持ちもわかるが、お通夜は言い過ぎじゃありませんかねルクルさん。

 確かに俺も、電波のネガティブなことをぽつりと言うこのクセはどうなのかと思うけどさ。


「そんなことで一々謝るな」


 一見すると不機嫌なようにも見えるルクルの表情だが、たぶん今の言葉に他意はない。


「あー……これはたぶん、気にしてないから謝らなくて良いぞ、ってことを言いたいんだと思うぞ」


 ので、一応フォローを入れておく。


「ごめんなさ―――じゃないのよね、うん、わかったわ」


 電波はよく言えば素直だが、人の言葉を額面通りに受け止めすぎるきらいがあるよな。もう少し大雑把、たとえばルクルみたいに……なるのはやっぱりちょっとアレだな、うん。

 このまでいいや。


「あれ、つーか何で電波、ルクルの名前知ってるんだ?」

「おまえが呼んでいるからじゃないのか?」

「あー、いやすまん、下の名前じゃなくてさ。確かにルクルの名前は何度も口にしてるけど、俺は鹿倉衣なんて一度も言ってないぞ」


 俺と電波が教室に着いたのは他の連中が自己紹介を終えた後だったし、当のルクルは休み時間の度に俺の所に来ていたので他の連中と話しをする機会もなかった。

 だから今日一日、ルクルの苗字を知る機会はなかったずだ。


「鹿倉衣さん、中等部でも有名だったもの」

「有名? 悪評でか?」

「蹴るぞ?」

「ううん、入学してすぐかな、すっごくきれいな子が同じ学年に居るって噂になってたの。わたしの耳に入るくらいだから、鹿倉衣さんのことはみんな知ってると思うわ」

「……あの頃、やけに見られているなと思ったのはそれか。しかし、そう面と向かって言われるのはおもはゆいな」


 驚いた、こいつに照れるなんて感情があったのか。

 ほんのりと頬を赤らめたルクルは、普段のシニカルな気配も鳴りを潜め。俺はその表情に、出会ってから初めてこいつの素を見た気がした。

 本人に言えばまた冷たい顔で“おまえはなにを言っているんだ”なんて言われそうだから絶対言わないけど。あれ、ルクルに絶対言えないことちょっとずつ増えてやしないか?


「未来、私は美人か?」

「ノーコメント」


ちくしょうニヤつくんじゃねえよ。



「あれだ」

「?」


 ルクルがそう言って指を差す。

 バカでかいのでこの通りに入った時からずっと視界には入っていたが、まあ関係ないだろうと思い敢えて無視していたそれに改めて意識を向ける。


「食堂だよ」

「いや、ありゃあどう見ても商店街だろ」

「学園の中に商店街なんてあるわけないだろう」

「そりゃそうだけど、この学園で今更常識を説かれてもなあ……」

「いや、だが商店街というのもあながち間違いではないかもしれないな。食事処が軒を連ねるアーケード街というやつだ」

「眩暈がしてきたわ」



「マジでいろんな店がありやがるな……」


 食堂……アーケード街? の中は、和洋中などおおざっぱなジャンルで分けられているだけではなく、その中でもパスタ屋やハンバーグレストランなど、細分化された料理屋が並んでいた。


「いくらなんでも広すぎやしません?」

「この食堂街は中等部と高等部、それに職員も使う供用の施設だからな。意外とそうでもないぞ」

「なるほど……」


 合わせると千人くらいは居るのか? それだけの人数が毎日利用すると考えれば、広すぎるということもないんだろうか……あぁダメだ、これ気にするだけ無駄なやつだ。

 しかしこう選択肢が多いと目移りしてしまうな……とりあえず、ルクル達に普段行く店を聞いてみよう。


「なんかおすすめの店とかってあるのか?」

「よく行くのはあの洋食屋だな。ハンバーグやビーフシチューなどが売りの店だ」

「洋食か。いいな」


 ハンバーグとか無限に食えるくらい大好きだし、ビーフシチューもあんまり食べる機会はないけど嫌いじゃない。候補に入れておこう。


「わたしのおすすめは、やっぱりあそこのラーメンね! 味も良いけど、なんといっても一人で入りやすいし!」

「おお、左様でございますか」



 洋食かラーメンか……いや話の流れ的に洋食屋一択か? なんてことを考えながら電波の顔を見ていると、頭越しに三星さんが歩いて来るのが見えた。向こうもこちらに気付いたらしく、軽く微笑んで会釈される。


「未来さんにルクルさん、こんにちは。お二人もこれから昼食ですか?」

「こんにちは。そうっす、クラスメイトと三人で」

「クラスメイト……お二人の他には誰も居ないようですけど……」


 きょろきょろとこちらを伺う三星さんのその言葉に、俺はさっと横に動いて背後に隠れた電波を見せる。


「後ろに居たのですね、失礼しました」

「いえ。こいつが隠れただけなんで。電波、三年の三星さんだ」

「はじめまして、電波さん」

「電波?」

「……えっ、あっ、わたし? あっ、あの、えっと、はじめまして、鈴木電波です。一年です」

「よろしくお願いします、電波さん。ご紹介に預かりました、三年の三星星座です」

「三星さんは一人ですか?」


 それなら一緒にどうですか? という言葉が出かかったが、喉元で飲み込んだ。

 あんまり人が増えると電波がキャパシティオーバーしてしまいそうな気がするからだ。同年代でさえあれなんだし、上級生相手となるとこいつがどんなコミュ障を発揮するかわからない。


「いえ、私もクラスメイトと待ち合わせをしていて、向かっている途中なんです」


 三星さんの言葉に胸中でほっと息を吐き、それならあまり話していて引き留めるのも悪いかと別れの挨拶をしようと口を開き、それが言葉になる前に余計な一人舞子さんが追加された


「星座~まだか~腹減ったぞ~」


 舞子さんと、その後ろには見たことのない生徒が数人。三星さんのクラスメイトだろう。

 マズい。三星さんはともかくとして、あの人の距離感は電波にはちょっといやかなりキツイ。早々にお帰り願わなければ。


「お。未来に……げっ、鹿倉衣も居るのか」

「げっとはずいぶんな挨拶じゃないか」

「どうも」

「うっせ! てめー昨日の写真ちゃんと消しておけよな!」


 昨日の写真……というと俺の見舞いに来てくれた時のあれか。気絶していた舞子さんが存在を知っているということは、ルクルのやつ本人にも見せたのか? 掲示板に上げるって言っていたのは流石に冗談だろうし。


「そんなことより、星座を連れに来たんじゃないのか?」

「あ、そうだよ。皆待ってるから早く行こうぜ。未来も今度一緒にどうだ? あいつらも一度近くで見てみたいって言ってたしよう」


 そりゃ完全にさかな扱いじゃないですか。

 気が向いたらご相伴にあずかることを前向きに検討させて頂く次第です、と玉虫色の答えを返すと、体を張ったディフェンスのおかげか舞子さんは俺の後ろに隠れた電波に気付くことなく、三星さんを連れてクラスメイトの所に戻って行った。

 俺達もそろそろ食べに行かないと時間がなくなりそうだな……。


「ルクルが言ってた洋食屋で良いか?」

「構わん」

「わたしも、それでいいわよ」

「んじゃ決まりってことで」


 ハンバーグが俺を待っている。

 ついでに食べ過ぎて地獄のような睡魔に抗う午後の自分も見えていたが、あと二時限なら耐えられるだろうと未来の俺を信じて、ルクル一押しの洋食屋へと向かって行った。

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