第21話 はぇ〜
「この学園に通う生徒の親同士はな、そのほとんどがそれ以前から仕事など公の場で付き合いのある連中ばかりなんだ。そんな場所で自分の子供が醜聞を晒せばどうなると思う?」
何事もなかったかのように話を再開したルクルだが、その問いはほぼ答えを誘導されているようなものに感じる。
けど、俺が答えないと話が進まなさそうだな。
「親同士の関係にも影響するのか? でもそれなら強い立場の家のやつが下の立場のやつになんかしても文句言えないんじゃないか?」
育ちの良いヤツが内面まで出来た人間とは限らない。
それどころか、いや、だからこそ歪んでしまったというのも充分ありえる話なんじゃないか。
親の権力を笠に着てよからぬ事を考えるヤツが出たとしてもおかしくはないだろう。むしろ一人も居ないと考える方が不自然な気さえするが。
「そうだな。ここが普通の学校で、当事者同士だけの問題として処理されるのなら確かにそうかもしれん。だが言ったろう、ほとんどの親同士が校外で知り合いだと」
「……あー」
加害者と被害者が双方だけではなく、第三者の保護者も含めた複雑な相関図の中に居るという前提があるのならば。そして、この学園が社交場としての側面を持っているのなら、子供同士の関係が親のそれに与える影響も少なくないのか。
被害者側と親密な人達はもちろんとして、加害者側の人達も影響を考えて距離を置こうとするかもしれないもんな。露見した場合のリスクが段違いだ。
けど、それはあくまで親同士の考えだ。
中等部なんて言ってしまえばついこの間まで小学生だった子供の集まりだぜ? いじめはいけないなんて当然のことだが、親や教師にそう言われたくらいでその当たり前の分別がつくような子供ばかりなら、この世からいじめなんてとっくになくなっているんじゃないか。
「さて。それじゃあこの学園で一番力を持った家というのはどこだと思う?」
「んなもん俺が知るわけないだろ、名前を知ってる相手ですら両手で足りるくらいしか居ないんだぞ」
鹿倉衣、三星、六車、桐生。宝条先生を入れても五つだ。
電波はもしそんな家の人間なら、自己紹介のやらかしくらいでハブられるようなこともないだろうから除外。
真露も俺と同じく外部から来た人間だし、まあ違うだろう。
「名前を知る必要もないさ。答えはこの学園の理事長だ」
「学園長……」
ルクルの言い方だと、学園を運営している人間だから、という単純な理由ではなさそうだ。
「つまり親同士の相互関係による自浄作用。あとは名実ともに誰も逆らえないような家柄の人間が学園のトップで、その人が教育熱心だからいじめなんて起こりようがないってか? んな理由で子供のやる事を完全に抑止出来るとは思えんのだが」
「普通に考えればそうだな。だがあの女は綺麗事が大好きでな、それを通すためなら汚い事を厭わないクソ野郎なんだ」
クソ野郎って……ルクルは口が悪いが、そんな直接的な言葉を使った事は今までなかったはずだ。
その理事長のことがよほど嫌いなのだろうか。
話を聞く限りではかなりディストピアめいた場所に思えるが、中等部と合わせて六年近く学園に通っている三星さんや舞子さんからもそういった息苦しさなど感じられなかったし、俺なんかには思い付かないような方法でそこらへんの塩梅はうまくやっているんだろう。
強行に出るのはよほどの事が起きた時だけ、ってことか。
「はえ〜、漫画みたいね」
「いや、なんで電波まで驚くんだよ。おまえも中等部にいたんじゃないのか?」
「だって、そんな話初めて聞いたんだもの」
「……」
「あら? どうしてそんな優しさに満ちた目をしているのかしら?」
仕方ないだろ。そんな世間話をする相手も居なかったからなんだろうなあ、とか思っちゃったんだから。そりゃ視線も生暖かいものになるわ。
「……続きだ。どれだけ巧妙に隠そうと、この学園で大きな問題を起こせばあの女にはまずバレる。それがいじめなんて悪質なものなら尚更だ」
「バレるとどうなるんだ?」
「私が耳にした話しだと、映画史に残るような駄作の台詞を丸暗記するまで延々と見せられるとか、ナイフ一本持たされて無人島でサバイバルさせられるなどだな。あとは西暦の数だけ仏像を彫らされるというのも聞いたことがある」
「この学園の経営母体は吉本か何かか?」
◇
「聞いた話だからな、実態はわからん。しかし解脱したように穏やかな人間になってから解放されるらしいぞ。まあ自分の子供にやらないようきちんと言い含められればいじめられる心配もないんだ、大使館レベルのセキュリティも敷かれているし、ここより安全な教育機関も他にない。入れたがる親はいくらでも居るのさ」
「なるほど。なんとなく理解したわ」
電波じゃないけど、はえ~ってなるな。ほんと漫画みたいな世界観だ。
けど、そんな厳しい学園のくせに何で男の俺を入学させたんですかね。
そんな疑問が深まるばかりだ。
でもまぁ、長々とした話だったけど。
要は、この学園でいじめが起きる可能性は低く。
結局の所、電波も大丈夫だったと。
難しい話だったけど、そういうことだよな?
なら何でもいいや、うん。
眠いし。
◇
「ところで電波、なんでつけてきたんだ?」
「えっ」
えって何だよ、気になって当然だろうが。うやむやになるとでも思ってんのかこいつは。
俺とルクルに見つめられ、また委縮したのかフリーズする電波。
「まあいいじゃないか、未来」
まさかのルクルから助け船か。
「初めて出来た友人が、自分以外にどんな相手と交友関係を持っているのか。それを気にしてしまうのは人として当然だよ」
「なんで言っちゃうのよ!? ……あ」
「ルクル……おまえ」
「ん。なんだ、怒ったか?」
「電波をいじることの楽しさをわかってしまったな?」
おめでとう電波、 記念すべきお友達第二号だ。
まあ捻くれてて悪友の類だが……とにかくおめでとう!
◇
「さて、そろそろ食堂に行かないと食事の時間もなくなってしまいそうだな。未来、話は終わりでいいか?」
「おう。悪いな時間取らせて。あー……悪いついでに食堂の場所もわかんないから、一緒に行ってもいいか?」
「かまわんよ」
ルクルに倣って俺も立ち上がる。
食堂か……どんな感じなんだろう。俺の知ってる学食というと、飾り気のない長机が並んでいて、メニューは日替わりA定食B定食みたいな簡略化されたものがいくつかって感じなんだが。こんな学園だし、わけわかんない凝った料理ばっかだったら嫌だな。
あとはやっぱり、テーブルマナーとか厳しいのかな、お嬢様学校だし。
少なくとも音を立ててラーメンを啜るとかは想像出来ない
ナイフとフォークのどっちが右でどっちが左とかあるらしいけど、そういうのまったく知らないぞ。
つーか手持ちで足りるよな? 学食なんだし……。
昨日は先生に奢って貰って使ってないから余裕もあるし、大丈夫かな?
「電波、何ぽけっと座ってんだよ。行かねえのか?」
「えっ、一緒に行ってもいいの?」
「おまえの中の友達は飯も一緒に食わねえのかよ。ルクルもいいだろ?」
「好きにしろ」
「やった! いくいく!」
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