第20話 まあ、何がトラウマになるかは個人差があるもんな。

 お嬢様学校といっても、授業風景は普通の学校と変わらないんだな、なんてことを思いながら授業を受け、休み時間のたびにやって来てはちょっかいをかけてくるルクルの相手をしながらさらに時間は過ぎて昼休み。

 授業中はノートを取ったりで気を張っていたから大丈夫だったけど、何もしていないと寝てしまいそうなくらいには眠かったので、実は結構ありがたかったりした。

 あとはルクルと話をしているとしきりに視線を感じるのであたりを伺うと、だいたい電波と目が合っては慌てて逸らされるを繰り返したり。


 さて。ともあれ約束の時間だ。


 教室でするような話じゃないから、どこか人通りの少ない場所はないか? と聞くと、どうやらルクルには思い当たる場所があるらしく、俺達はあまり人が来ないというその心当たりへ向かう。

 高等部に上がったのは俺と同じく昨日今日の話なのに、何でそんな場所を知っているんだ? と疑問に思ったが、道すがら話を聞いてみると、なんでもその場所というのは中等部の校舎との間にある中庭で、以前からよく利用していたらしい。


 ルクルに連れられ、一度靴箱に寄ってから校舎の中をぐるりと回って裏口から外に出ると、そこにはまるで森のような空間が広がっていた。

 人の背ほどもあろう生垣に遮られて上の方しか見えないが、その向こうにある俺達の校舎と似たデザインの建物が中等部の校舎なのだろう。

 それと同じく、中庭の全貌も遮られているのでここからはよくわからない。いったい中はどんな風になっているんだろうか。

 そう思いながら、俺はルクルに先導されてフラワーアーチで造られた入口を潜り、未知なる空間へと足を踏み入れた。


 ……中庭。ついこの間まで通っていた学校のグラウンドと同じくらいの広さがある上に、庭園とか植物園とかそういった言葉の方が似合いそうなデザインだが、俺がなんと言おうとこれは中庭なのだろう。

 流石に俺も、この学園では“そういうものなんだな”と無理にでも自分を納得させるスキルが重要なのだと理解したので、もう一々つっこまないぞ。


「で、話というのはなんだ?」


 しばらく進んだ先の日陰に設置されている木製のベンチに腰掛け一息ついたところで、どう聞き出そうか……と俺が考えあぐねていると、ルクルの方が先に口を開いた。

 相変わらず空気を読まない……いや、読んだからこそ、そっちから振ってくれたのか。


「……それなんだが、ルクルはずっとこの学園に居たんだよな?」

「ん? あぁ、中等部の三年間のことか。そうだが?」


 どう聞こうかと考えて、結局。

 ルクルは回りくどいのが嫌いそうだし、俺も苦手だからド直球で聞くことにした。


「電波のやつも中等部だったらしいんだが、あいついじめられてたとかはなかったか?」

「知らんな。鈴木が中等部に居たというのも今初めて知ったくらいだ」

「そうか……」

「話というのはそれか? まったく、愛の告白かと思って覚悟を決めてきたというのに他の女の話とは、乙女の純情をどうしてくれるんだ」

「いや、色々気になることがあってな。それっぽいことを思わせる言動もあったし」


 自己紹介の時の笑い声と、それを受けた泣きそうな表情。

 もっと遡ると、校舎へ向かう途中の会話であった『わたしと友達になってくれたんだもの』という言葉。あれが一番引っかかっている。

 あんな言葉、普通は出てこない。


「ふぅん……期待に沿えなくて悪いが、私は知らんな。まあ、この学園に限って言えばいじめなんてまずないとは思うが。そんなに心配なら本人に直接聞いてみればいいんじゃないか」

「いじめられてんのか、なんて本人に聞けるわけないだろ。おまえじゃないんだぞ……」


 回りくどいのが嫌いだとしても限度があると思うぞ。


「私を何だと思っているんだ……それにもう聞かれているんだから、そんな心配は杞憂だぞ? なあ、鈴木」

「は?」

「ふぇっ!?」


 ルクルの呼びかけに、どこからともなく素っ頓狂な声が上がり、続いて物陰から電波が申し訳なさそうに表れた。


「あ、あの……その……ごめんなさいっ、盗み聞きするようなマネをしてしまって」

「……ルクル」

「ん?」

「いつから気付いてたんだ?」

「鈴木がいじめられてるのか、という話のすぐ後だな。気付いた時にはもう手遅れだった」

「はあ……まあ、聞かれちまったなら仕方ない。こっち来いよ電波」

「う、うん」


 手招きして、電波も俺達と同じベンチに座らせる。

 が、非常に気まずい。なんだろう、ここまでのものは人生でも味わったことがないから例えようがないぞ。


「あー……その、聞いてたとは思うんだけど」

「う、うん」


 自己紹介の時と同じように小さくなる電波。アルマジロかおまえは。

 こんな調子のやつに直接聞くのはすげえ心苦しいが、既にルクルとの会話を聞かれてしまっているので今更言葉を選ぶ意味もないか。

 もうどうにでもな〜れ。


「中等部で、その、いじめられてたのか?」

「……」

「い、いや、言いにくいなら無理に話す必要はないぞ?」

「……ううん、大丈夫。いじめられてたとか、そんなことはなかったから」

「じゃああの反応は何だったんだ? 何もなかったならああはらならないだろ」

「う……中等部でも同じように自己紹介があったんだけど、その時に失敗しちゃって」


 ……ふむ。

 俺と一対一で話してる時は快活だったけど、多人数を相手にすると途端にあがっちまうヤツってのは結構居るみたいだからな。電波もそれなんだろうか。

 今だってルクルが居るからか、最初に会った時の明るさは鳴りをひそめたままだし。

 自己紹介で失敗して……いじめというほどではないが、ハブられるようになった、とかか?


「それで、最初の友達作りに失敗して、それからずっと、友達ができなくて」

「おう」

「ずっと、ひとりで、あの、その……」

「そうか……ちなみに、その自己紹介ってのはどんなんだったんだ?」


 このまま一人で喋り続けさせない方がよさそうだな……と俺は電波の話に口を挟んだ。

 まずはその内容を知らないと話にならない。思い出したくないことかもしれないが、毒を食らわば皿までだ。


「ええと、緊張しちゃって、何を話していいかわからなくなって、それで好きな仮面ライダーについて話してたら、何この子みたいな感じになって……うぅ……だって私達くらいの年の子は皆見てるものだって言われて育ってきたんだし、そう思ってたんだから仕方ないじゃない……」


 頭を抱える電波。

 なるほど。

 仮面ライダー。

 女子校の自己紹介で仮面ライダーか。

 確かに珍しいけど、浮くほどだろうか? いや浮くか、浮くよな、浮く気がする。ぷかぷかしてそう。

 ……ん? ということはもしかして。


「なあ、もしかしてお前の名前ってストロンガーから来ちゃってたりすんのか?」

「!? そ、そうよ! よくわかったわね! パパは本当はタックルって付けたかったらしいんだけど、ママが全力で阻止してくれたらしいわ! それにしても昭和のサブライダーがぱっと出てくるなんて、あなたもなかなかやるじゃない!」


 ぱぁ、っと一気にテンションが回復して饒舌になる電波。

 あ、これは確かに女子受けせんやつですわ。自己紹介の時にこんなテンションで仮面ライダーについて話続けてたならそりゃ浮くよね。いや男相手でも浮くか。ルクルも豹変した電波の様子に怯、いや引いてるもん。

 あと電波のご両親、会ったことすらないけど子供になんて名前を付けるんだあんたらは。せめてユリ子にしてやれよ。



「ご、ごめんなさい。取り乱したわ」


 目の色を変えて語りだした電波を宥め、引き気味のルクルの視線を気にしないように努め。

 いじめられてたわけじゃないなら一安心なのか? と話を再開する。


「まあ、いじめられてたわけじゃないんならよかったよ」


 あの笑い声も、事情を知らない俺がタイミング的にそう思っただけで。実際は思い出し笑いとかそういったたぐいのもので。

 そりゃあバカにしてる部分もあったのかもしれないが、悪意と呼べるほどのものでもなく。

 過去の失敗が軽いトラウマになっている電波が、それに過剰反応したと。

 そういうことか。


「まあ、そんなところだとは思ったよ。この学園でいじめなんてまず起きんからな」

「さっきもそれ言ってたけど、なんでそんなことが言い切れるんだ?」

「未来、おまえはこの学園がどういう場所だと思っている?」

「え? そりゃただの女子校じゃないとは思うけど……強いていうならいいとこのお嬢様が集まる学校か?」

「そうだ。そして名家の子女には相応の振る舞いが求められる。なぜだかわかるか?」

「そうだな……家の名を汚さないように……とか?」

「ノブレス・オブリージュというやつね。カブトで神代剣が言っていたわ!」

「電波」

「ん。なーに?」

「俺はわかるからいいが、なんでもかんでも仮面ライダーに例えるのはやめといた方がいいぞ」


 そういうところだぞ。


「はい」


 素直でよろしい。

 だからルクルさん。その氷点下を突破したおめめをどうにかして。


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