今年の月見

 月を見ている。


 夜をくり抜いたような明るい月だ。都会の明かりなど意にも介さず悠然と浮かぶその衛星に見下されながら、私と武士は電気を消した部屋で缶チューハイを飲んでいた。

 傍らには、慌ててコンビニで買ってきたみたらし団子とマクドナルドの月見バーガー。これぞ令和のお月見である。ちょっとばかし時期がズレているのは多めに見てほしい。忙しない現代人、季節の風物詩を追って楽しむ心の幅も必要なのだ。


「やはり何度見ても月だけは変わらぬな」


 ほろ酔いの武士が呟く。この時ばかりはちょんまげが映えるものだ。


「江戸時代のものと同じ形をし、同じ色をしている。当然か。あの者は遥か昔から我々を見守ってきたのだ」


 うん、月は元々地球の一部だったしね。最初の生命が誕生した瞬間も知ってるはずだよ。


「ふむ、かように長きに渡る間にて命の移り変わりを眺めてきたと。感服するぞ」


 武士は心底嬉しそうである。缶チューハイはまだ開けてから間もないから、そう酔ってるわけでもない。元々風流のケがあるのだ。

 ここで武士は缶を置くと、月に向かって両手で四角を作り始めた。片目をつぶり、何か測っているようである。


「しかし大きさは少し違う気がする。江戸の月のほうが大きいような」


 ああ、あながちその感覚も間違いじゃないと思うよ。なんでも月は、一年に三センチちょっとずつ地球から離れてるらしい。


「ぬ。ならばいずれ月と我々は離れ離れになるのか?」


 いや。昔聞いた話だと、ある程度で止まるとか。


「そうか」


 武士はホッと息を吐いた。


「共にいられるのだな」


 その一言に、どんな感情が含まれていたかは知らないふりをしようと決めた。

 ――思えば、去年もこうしてこいつとお月見をしていたのである。同じ月を見て、ダラダラと話して。似たようなことを、一昨年もだ。


 また、来年もコイツと月を見るのだろうか。


 ある物語を思い出す。社会という海の中でうまく息のできなくなった女性二人が、それでも手を取り合って笑い合いながら生きていく話。そうだな、どこでだってどう変わったって、自分達は変わらぬ月を見上げるのだろう。

 もしそこに、多少でも知った顔があるのなら心は安らぐのかもしれない。


「大家殿」


 はいよ。


「団子は三本だが、そのうち二本は某のか」


 んなわけねぇだろ、じゃんけんすっぞ。え、もう食べてんの? 早くない? バカなの?


「出世払いする」


 私の家でどう出世するってんだよ。ちょんまげ引っこ抜いてサボテン植えるぞ。


 そうやって、やいのやいのとやり取りをしている。その間も月はまったくもって何も変わらず、少し欠けた形のままゆっくりと夜を横切っていくのだった。

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