一年

 武士がここに来てから、一年が経った。


 今や武士は車にもだいぶ慣れ、一人で買い物にだって行けるようになった。電車も私となら乗れるし、改札を通るのもお茶の子さいさいである。


 まあちょんまげだけは譲らないけど。もう帽子で隠す気もないけど。何故かご近所みんなに受け入れられてるけど。

 懐の深い街だな。


「ぬ、はうほふはひはふほは」


 白米を頬張りながら、武士は何か言っている。多分「もうそんなに経つのか」とかそういうことを言いたかったんだろう。私は頷き、武士が独り占めしていた卵焼きを一口食った。


「むーーーっ!!」


 うるせぇわ。


「しかし、一年も経ったのだ。何かしらの知らせがあっても良さそうなのだが」


 ほう、知らせとな。どういう?


「うむ。もうそろそろ帰るぞー、とか。まだまだいてもらうぞー、とか」


 あ、確かにその連絡は欲しいね。

 お前結構食うからな。事前に帰る日教えといて貰わないと、買い溜めしてた食材腐らちゃいそう。


「心配ご無用! そこは某が責任を持って江戸に持ち帰ろうぞ!」


 ドロボー!


「武士である!」


 んでもさ、それでお前ずーっと帰れなかったらどうすんのよ。

 まさか死ぬまで私んとこにいる気か?


「うむ!」


 いいお返事だねぇー!

 ふざけんなよ! ロクに彼女も連れ込めねぇわ!


「某がいては連れ込めぬおなごなど、ロクな者ではあるまい」


 至極真っ当な価値観の持ち主だよ。


「未来のべびーしったーと思ってくれれば良いぞ!」


 いや無理だわ。つーかどう説明すればいいんだよ? 「うちに来ない? 君との未来を見据えて雇ったベビーシッターの武士がいるんだ」って言うのか。「まあ素敵! 子育てが助かっちゃう!」って言ってくる女子は地球上のどこ探してもいないし、多分いたとしても数日後には怪しげなツボ売り付けてくると思うよ。


「買えば良いではないか」


 買うかーい。


「で、実際いるのか?」


 ん?


「嫁候補」


 ……。


「……」


 ……あ、そうだ。今日ケーキ買ってたんだった。


「大家殿ぉっ!」


 チョコケーキとチーズケーキ、どっちがいい?


「ちょこ!!」

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