武士と歩く

 へい、武士。

 ちょっと出かけようぜ。


「ぬ、なんだなんだ、大家殿。お勤めはどうしたのだ」


 お勤めは休みになったから、帰ってきた。

 そんなわけで、今日はあちこち行ってみようぜ。


「うむ、承知仕った! 今日は良き日和でもあるからな!」


 武士は意気揚々とダウンジャケットを羽織り、シルバニアファミリー達に挨拶をして外に出てきた。途中、隣の秋澤さんにお会いしたので、二人でぺこりと頭を下げる。


「さて、どこに参ろうか、大家殿!」


 そうさなぁ。

 せっかくだし、休日だと混んで混んでどうしようもない所に行きたいな。


「そうか?」


 うん。

 なんだよ、どした?


「某は、その辺を歩きたいと思うぞ!」


 ええ? いいよいいよ。遊園地とか行こうぜ。

 せっかく休み取ったんだし、どこかお前の行きたい場所に……。


「いいや、某、実は常々思っておったのだ。大家殿は、ここに住んでいる割に道を知らんと」


 おう悪かったな。


「だから、今日は大家殿に某の散歩道を伝授しようと思うぞ!」


 ええー……。

 ……まあ、別になんでもいいか。


「うむ! では早速参ろうぞ!」


 こうして私は、平日の朝っぱらから“武士歩き”に付き合わされる運びとなったのである。






 冬だ。

 今年は暖冬で、雪なんてマジであんまり見れなくて、それはそれで寂しいような気がしないでもない。

 着込まなくて済むのはありがたいのだが。


「む、大家殿、ここに差し掛かったら静かにするといい」


 機嫌良く私の前を歩いていた武士が、振り返って人差し指を口に当てる。なんだなんだ。


「ここは猫殿の集会所なのだ……!」


 ほう。


「覗いてみるがいい。数匹の猫が円になっておる。そーっとだぞ。見られているとバレたら逃げられるからな……」


 言われて、そーっと覗いてみる。閑散とした駐車場に、猫が五匹集まって互いを見つめていた。


「……かわいかろう」


 うん、かわいい。


「よし、ではここは見ないフリして通るぞ。注視するでない。気にしない、というのが大事なのだ」


 なるほど、勉強になります、先生。


 そうして猫の集会所を通り過ぎ、しばらく歩いた所。

 またしても、武士が緊迫した表情で振り返った。


「ぬぬぬ、大家殿! ここの家は気をつけるのだぞ!」


 え、何何、今度はなんだよ!

 ヤベェ人が住んでるとかそんなん?


「いや、違う。ここの犬は、大層よく吠えるのだ……!」


 ……どうでもいいよ……!


「本当に、信じられないぐらい吠えるのだ……! 故に某、この道を行く時はなるだけ静かに――」


 ワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワン!!!!


「ぬうううううバレ申した! 逃げるぞ大家殿!」


 うおおおおおおマジか! すげぇ勢いのチワワちゃんだな!! アレ縄ついてんの!? 大丈夫!?

 そんで信じられねぇぐらい吠えるなアイツ!!


「ぬおおおお!!」


 武士転んだー!! チワワに追いかけられて転んだー!!

 嘘だろ!? 成人男性でもあんな転び方すんの!?


「某はもうダメだ……! せめて、せめて大家殿だけでも逃げて……」


 ガッテン承知の助!!


「フリに決まっておろうが大家殿おおおおお!!」


 げぇぇ追っかけてきた!!

 ヤッベアイツめっちゃ速いんだよな、やおら鍛えてるから……あああああああ!!


「ぬあああああああ!!!!」


 ずしゃー。






 そして、疲れ切った我々は河原に並んで座り込み、コンビニで買った肉まんを頬張っていた。


「……」


 ……。


 目の前の川では、たくさんの合鴨が自由行動を取っている。


「……あれは……どれがオスでどれがメスなのだ?」


 ……派手なのがオス。地味なのがメス。


「見ろ大家殿。一羽のメスを巡って争いが起きておる」


 ふふふ、修羅場修羅場。


「あのメスにフラれたオスは、さしづめ大家殿」


 うるせぇわ。


「……」


 ……。


 なんかさー。


「うむ」


 最近、人から期待されることに対して、うまく応えられなくなっちゃってさ。


「うむ」


 昔はもっと上手くやれてたような気がするんだけどな。

 なんだろ、その辺は分かんねぇんだけど。


「うむ」


 なんつーか、なんだろな。

 上手くできないのが歯痒いのかな。

 多分、ちょっと何かが擦り減ってんだよ。


「そうか」


 うん。


「うむ」


 うん。


「……人は、生きている限り擦り減るものだ」


 そうだな。


「だがな、かといって決して塵になるまで擦り減るでないぞ。大家殿の成すことの代わりはいくらでもいるが、大家殿自身の代わりはどこにもいないのだ」


 ……。


「家が無くなろうと、職が無くなろうと、金が無くなろうと構わぬ。大家殿が擦り切れず残っていられるなら、某はそれで構わぬ。二人で“コレはまずいぞ、明日からどうするか”と笑えたら、それで良い」


 ……。


「某が大家殿に何を足せるかは、分からん。もしかしたら、何も足せないかもしれん。それでも某は、勝手なことに、大家殿がいなくなるのが嫌なのだ」


 ……。


「大家殿が擦り切れてどこにも無くなってしまうのが、寂しいのだ」


 ……。


 そっか。


「うむ」


 そうか……。


「うむ」


 ……。


「……」


 ……昔さぁ、ドラえもんに関するコピペ読んだことあんだけどさ。彼女さんの方が彼氏さんに「私がドラえもんだったらどうする?」って聞くんだよ。


「うむ」


 彼女さんは、どんな便利道具が欲しい? ぐらいのつもりだったんだって。そうしたらその彼氏さん、すごく悩んだ挙句「どら焼きをあげる」って言ったんだよ。


「ほう」


 ……お前もさ。

 多分、私にどら焼きをくれるんだろな。


「うむ! できるだけ大きくて美味いものを持ってくるぞ!」


 うん。


 うん、ありがとな。


 うん。


「うむ!」


 うん。



 ――頬張る肉まんはやたら喉に詰まって、目の前の合鴨共は相変わらず乱れに乱れていて。

 私が職無しになったら実際コイツは働いてくれるのかな、とか。いやそうなってもまだ私といる気なのかよ、とか色々なツッコミ所があるにはあったが。


 今はそれを全部放り出して、鼻が詰まって味のしない肉まんを、ただ噛み締めていた。

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