あわあわ

 武士は皿洗いが好きである。


「あわあわが楽しい」


 だそうだ。

 実際その言葉通り、スポンジを泡だらけにして皿を洗っている。

 最初こそ手を滑らせないかと心配したものだが、そこは案外丁寧にやってくれており、今では完全に任せきりになっていた。


 家事が一つ減るだけで、結構楽なもんである。

 武士を住まわせてみるものだ。


 ……いや、やっぱデメリットがでけぇな。べらぼうに維持費かかるもん。

 なぁ提案があるんだけどさ。ちょっとお前、皿を洗い終わったら江戸に帰ってくれないか。


 ……無理だよなー。今日も何事も無くリビングに帰ってきちゃったなー。


「そろそろ風呂に入ろうと思う」


 ほいほい行ってらっしゃい。


 あ、そうだ。

 おい待て武士よ。


「ぬ?」


 貴殿にこれを授けよう。


「……なんだこれは。手拭いか?」


 うん。

 体を洗う専用の手拭い。


 いいからとりあえず使ってみろ。


「ふむ……」


 武士は不思議そうな顔で受け取り、いそいそと風呂へと向かった。


 その数分後。


「大家殿おおおおおお!!」


 興奮した武士の声と、風呂の戸が開く音。

 見ると、泡だらけの顔を出した武士と目が合った。


 辺りに泡を撒き散らし、武士は大喜びでのたまう。


「この手拭いはすごいぞ! なんととめどなく泡立つのだ! もうもこもこだ! もこもこ! あわあわのもこもこである!!」


 おう、それめっちゃ泡立つんだよ。

 今日からそれ使って体洗えよ。


「ぬうううかたじけない! 恩に着るぞ!」


 武士はすぐさま風呂場に引っ込み、鼻歌まじりに長風呂を始めた。時折「ねずみ!」だの「はりねずみ!」だの聞こえてくる辺り、満喫しているらしい。

 まあ、これであと三十分は風呂を楽しむことだろう。


 濡れた床は後で武士に掃除させようと決めながら、私は読みかけの小説を手に取ったのだった。

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