今日は、ちょっとした思い出話をしようと思う。


 武士に靴を買ってやった時のことだ。


「変わった履物だな、これは」


 ヤツがやってきて最初も最初の頃。ノー草履でタイムスリップしてきた武士は、玄関にしゃがみこみ私の靴を眺めてそう言った。


 違った、もう履いていた。


「こんなにぶかぶかしておったら走れんぞ」


 そしてクレームをつけてくる。

 勝手に履いておいてワガママが過ぎねぇか?


 現代日本では足のサイズに合わせた靴を履くんだよ、と教えてやると、訝しげに首を傾げていた。


「しかし大家殿、人の足というものは大きさが違うのだぞ? それぞれにぴたりと合う履物を探さねばならんとあれば、一体どれほどの数を店は用意せねばならんと思っているのだ」


 そりゃ、お前……そりゃあ、えーと。


 ……。


 ……これぐらいです。


「たくさんあるではないかー!!」


 百聞は一見に如かず。連れてきました、シューズショップ。

 一時的にクロックスを履いた武士は嬉しそうに、キョロキョロと店内を見回していた。


 武士の足のサイズは小さい割にゴツいので、合う靴を探すのは苦労しそうである。

 ので、早々に店員さんを呼んだ。


「それではまず、サイズから測りますねー」

「さいず? さいずとはなんだ?」


 ……。

 細かい図と書いてサイズだよ。つまり足について詳しく調べるんだ。


「なるほど!」


 オーケー、信じた。

 店員さん、そんなわけで後はよろしくお願いします。

 予算はこれぐらいで、種類は運動靴で。できたら紐なしで。


 そうして私は武士を放置して、店内散策に出かけた。ちょうど革靴がボロになってきたのである。


 数分後。


「大家殿おおおおおおお!!」


 (足だけ)生まれ変わった武士が大喜びで私の元に走り寄ってきた。店内ではしゃぐなコラ。

 武士はえらく靴が気に入ったと見え、キャッキャしながら私に向かって足を上げてきた。


「見ろ! まるで履いていないかのような軽い履き心地だぞ! すごい! すごいぞ! これを知ってしまったらもう草履には戻れんな!」


 そしてまた走り出そうとする。のを、ジャージの襟を掴んで引き止めた。

 まあ、気に入ったなら何よりである。


 こうして武士は、無事靴を手に入れた。江戸に帰る時も持って帰るらしいが、現代靴のオーバーテクノロジーが歴史改変してしまわないか、それだけが心配である。

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