肌着

 見えないものを見ようとすると、どうなるか。

 なお、望遠鏡を覗き込んだりはしないものとする。


 考えた? 思いついた?

 よーし、それじゃ答え合わせだ。


 正解は、武士に怒られる。


「大家殿……流石にその肌着をこれ以上着続けるのは、一男児として野暮と言わざるを得ないぞ」


 武士は、私を正座させて、こんこんとそんなことをのたまった。


 なんでだ。


 別にいいじゃん。


 首回りがデロンデロンになろうが、毛羽立ち倒そうが、何なら多少穴が開こうが。


 シャツじゃん。


 見えないじゃん。


 着れるじゃん。


 そう訴えると、武士は首を横に振った。


「見えない所に人間の真価が現れるのだ。大家殿は誰も見ていなければゴミを道に捨てるか? 捨てぬだろう? そこが大家殿の真価だ。人が見ている前ではゴミを捨てぬ人間だろうと、誰も見ていない所で捨てるのであればそれは良くない人間だ」


 なら、見えない服に一切気を遣わない人間の真価は?


「ただの無精者」


 当たってるぅー。


 じゃ、そろそろ服着ていい? 寒い。


「ならぬならぬ! 新しい肌着に着替えろ! それは某がちゃんと雑巾にしてやるから!」


 お前裁縫できんの?

 ならちょうどよかった。ワイシャツのボタン取れててさ、面倒くさいし位置的にちょっと見えないから放っておいたんだよ。良かったらそれも……。


「昨日繕っておいた」


 お母さんじゃん……。


 お前、初めてお前居候として役に立ったな……。


「フフン、内助の功である」


 武士って内助の功される側だと思ってたよ。現代日本だとする側なんだな。



 結局、肌着は雑巾にならずそのまま着続けることになった。シンプルに替えが無かったのである。

 代りに、今週末服を買いに行かなければならなくなった。面倒くさいが、季節の移り変わりなら仕方ないかとも思う今日この頃なのだ。

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