第5話 盾と矛
果物が激しく飛び交う中に、彼は居た。
「早く逃げろ!」
長槍を手に、ウォルグさんが近くに居た男子生徒にそう叫ぶ。
「でも、こんなのを相手に君一人で……!」
「お前が居る方がやりづらい! さっさと消えろ!」
すると男子目掛けて、林檎が猛スピードで飛んで来た。
「うわぁぁ!」
「……っはあ!」
それをウォルグさんが叩き斬り、周囲への警戒を解かぬまま言う。
「まともに身を守れないような奴は足手纏いなだけだ。分かったらさっさとここから立ち去れ」
「……分かり、ました……」
実力不足を思い知らされた彼は、ウォルグさんに言われた通りにこの場を離れていった。
私、行っても大丈夫なのかしら……。
すると、偶然ウォルグと目が合った。
彼は一瞬驚いていたけれど、すぐにその表情は落ち着きを取り戻し、心なしか笑っているようにも見える。
「わざわざこんな所に来るとはな。だが……お前の防御があるなら丁度良い。来い、レティシア」
「は、はい!」
私は彼に駆け寄り、すぐに防御ドームを展開させる。
効果範囲が分かりやすいように、青い光の壁を作り出した。
「ひとまず、この障壁の中に居れば安全ですわ」
次の瞬間、私達目掛けて幾つもの果物達が飛んで来た。
障壁にぶつかり、林檎は鈍い音を立ててバラバラに砕け散る。
オレンジは果汁が飛び散り、桃は見るも無残な姿で潰れていた。
それでも私達には何の被害も無く、ウォルグさんは満足そうに頷いて言う。
「良い腕だ」
「ありがとうございます。それにしても、どうしてここにウォルグさんが?」
「新しい魔法農薬を試したいから、効能の確認に付き合ってほしいとここの世話をしている連中に頼まれた。俺はハーフエルフだからな。植物の声を聞けば、手に取るように具合が分かる」
彼の発言通り、よく見れば彼の髪から覗く耳は先が少し尖っていた。
エルフは勿論、ハーフエルフも珍しい種族だ。
エルフが持つ不思議な能力を受け継ぐ彼だからこそ、果樹園を世話する生徒達に頼られたのだろう。
「その礼に、果物を少し分けてもらうという約束だったんだが……」
「これではせっかくの果物が台無しですわね」
私達の周囲の木々は未だ暴れ狂っていて、もうほとんど果物が残っていなかった。
きっと、大切に育ててきたものだったろうに……。
「……こいつらを大人しくさせたい。もうしばらくこのまま障壁を維持出来るか?」
「勿論出来ますわ。でも、どうやってこの果樹達を鎮めるんですの?」
「エルフの血を引く者にしか扱えない植物魔法を使う。ここ一帯の木々に届くように、俺の意識をぶち込んでいく」
「そうすればこれが止まりますのね?」
「ああ。使用範囲が広いから、その分詠唱中の隙が大きくなる。その間の時間稼ぎを頼みたい」
「ええ、任されましたわ!」
私はより気合いを入れて魔力を高め、それと同時にウォルグさんが深く息を吐き出した。
次の瞬間、彼を中心に波動のようなものが解き放たれていくのを感じた。
目を閉じ、神経を研ぎ澄ましていくウォルグさん。
二度目、三度目と波動は空気を押し動かし続け、それが出されていく間隔が短くなっていく。
「……自然の声を聞き遂げし我が思念、太古の血の誓いにより、今ここにその力を解き放たん」
言葉に魔力を込めて、ウォルグさんは紡ぐ。
『鎮まれ!!』
何か大きな力に包まれた彼の声が発せられると共に、一際大きな波動が押し出される。
周囲で大量のマナが消費されていくのを感じながら、私は彼の迫力に飲まれていた。
彼のその魔法は、命令通りに全ての果樹の動きを止めさせている。
あれだけ枝を大きく振り乱していたというのに、最後の波に呑み込まれた途端に静かになったのだ。
「凄い……! これが、エルフの魔法……」
「はぁ……。疲れるから、あまりやりたくはなかったんだがな」
そう言いながら、彼は私に目を向ける。彼の顔を見て、私は思わず目を見開いてしまった。
何故なら、彼の深海を思わせる青の瞳が、本来の色とは全く違う緑色に変わっていたからだ。
私のその反応を見て、ウォルグさんは小さく笑う。
「……ああ、目の色か。エルフの魔法を使うと、しばらくの間こうなるんだ。放っておけば戻るぞ」
「そう、なんですか……」
「驚いたか?」
「ええ、その……いつものブルーの瞳も綺麗ですけれど、グリーンもよくお似合いで……」
「そんな事を言われたのは初めてだな。子供の頃はよく気味悪がられたものだったが……まあ、褒められて悪い気はしないな」
急に静まり返ったぐちゃぐちゃの果樹園。
私達は、魔法を使った後の独特の倦怠感に包まれながら、しばらくその場に立ち尽くしていた。
「……終わったな」
「ええ」
「……あの時の返事、聞かせてもらえるか」
ぼんやりと緑色に輝く瞳が、徐々に元の青へと戻っていく。
「はい。私はそのお返事をする為に、貴方を探していましたから」
風が吹き、木の葉が揺れる。
かさかさと心地良い音が私達を包み込み、私は彼の目を真っ直ぐ見上げ、決めてきた答えを口にする。
「パートナーの件、お受け致します」
「本当に、俺で良いんだな?」
「はい。ウォルグさんとならきっと大丈夫だと思えました。今日のように、二人が一緒なら……何でも出来るような気がするのです」
私がそう言えば、彼は心底安心した様子で大きく頷いた。
「……そう言ってもらえて、良かった。近い内に、パートナー申請の届け出を出す事になる。その時には俺とお前、二人のサインが必要だ。担任からその用紙を受け取ったら、その日の内に会いに来てくれ」
「分かりましたわ。それではウォルグさん、これから二年間宜しくお願い致します」
「こちらこそ、宜しく頼む」
どちらともなく握手を交わし、互いに笑みが零れた。
やはり、彼は良い人だ。
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