終章

第65話 大統領、止めます

 大統領執務室。そこで愛理は電話会談をしていた。相手はフェラール国大統領アイドルのブラックエンジェルのリーダーのサラだった。


「……ではそのようにしましょう。今後五十年はお互いの国に戦争を仕掛けない。時限有効の不可侵協定ということで」

「よろしくお願いします、サラ書記長」


 愛理は電話口で頭を下げる。魔導電話に限らず、この世界での通信は風の精霊の恩恵を受け、成り立っている。


「でも、惜しいですわね」

「何がですか?」

「アリスティーのステージの魔道動画を拝見しましたわ。あのアイドル対決の。我が国でも魔導ネットで使い、観ることが出来ましたから」


 愛理は戦慄を覚える。いくら魔導ネットを用いて魔導動画を観ることも、精々国内をカバーするのがやっとだからだ。だから、いかなる手段で、サラが他国の魔導配信を観ることが出来きたか不思議でならない。

 魔導ネットで他国と通信できるのは、音声のみに限られる。それでも、時折ノイズが交じるのだが。

 何れにせよ、やはり、フェラール国は侮れない情報網を構築しているだと改めて思い知らせた。


 その様なことはおくびにも出さず、愛理は会談を続ける。


「それは……ありがとうございます。しかし、何が惜しいのですか?」

「このように簡単に不可侵協定を結んでしまい惜しいことをしましたわ。こうなってしまっては、大統領同士のアイドル戦争が、ほぼ実現不可能なものになってしまいました」

「……お言葉ですが、サラ大統領。もし、アリスティーとブラックエンジェルがアイドル対決したら、そちらが十分に勝てたと私には聞こえるのですが?」

「そうですわね。まぁ、投票でダブルスコアはつくでしょう」


 愛理は閉口してしまう。なんという自信に満ち溢れている人なのだろうと彼女は感じた。


「その機会はいずれ……それでは失礼します、サラ書記長」


 愛理は魔道電話を切った。


 大統領となった愛理は、フェラール国と直ちに外交交渉を開始した。

 僅かな期間の今の停戦合意などでは心持たない。それではまた、あのオーツ村が戦火にさらされてしまう。そもそも、鳥谷にアイドル対決を挑んだのも、そのことが要因であった。


 難航するかと思われた不可侵協定であったが、愛理の卓越した手腕でまとめ上げた。だが、国境の線引きに於いて、炭鉱の街タンコをフェラール国に差し出す結果となってしまった。愛理とタンコの街の人には接点はないが、彼女の心は痛んだ。


 トレビック国の一部地域の割譲。大きな代償を払い、ようやっと不可侵協定まで持ってきたのだが、或いは、政治的能力はサラの方が一枚上手だったのかもしれない。

 それほどまでに外交交渉というのは、困難で厄介なものである。


 結果はどうあれ、ひとまずこれで愛理は大統領となった目的を終えた。

 そこで、愛理はインターホンで秘書官を呼び出す。


「どうしたのですか、大統領?」

「んーとね。私、大統領辞めてもいいかな?」

「はぁ!?」


 秘書官は目を白黒させる。寝耳に水なのだから、当然のこと。


 この国の大統領の年俸は高額である。それに、誰もが敬ってくれる。そんな地位を愛理は、いとも簡単に捨て去るというのだ。


「アテはあるのですか?」

「はい?」

「その……後任の大統領にアテはあるのでしょうか? この国の憲法では、現大統領が後継を指名し、引退することは可能ではありますが……」

「もちろん。そのアテがなければ、私もこんな勝手を言わないわ」


 愛理は立ち上がり、まだ戸惑っている秘書官を尻目に執務室から退室した。そして、向かった先は、大統領官邸の庭だった。


 庭は見事な木々が立ち並んでいた。手入れが行き届いた素晴らしいガーデニングである。


 そこに町娘が着るようなチェックのシャツを着た少女がせっせと草花の手入れをしていた。その少女は鳥谷であった。アイドル対決に負けた彼女は、大統領の座から退かされ、一介のガーデニング職人として働いていたのだ。


「鳥谷さーん」

「やぁ、愛理」


 二人は握手を交わす。


「あの……突然こんなことを言い出すのはなんですけど……」

「ん? どうしたんだ、愛理」

「鳥谷さん、大統領に戻っていただけませんか? お願いします!」


 愛理は深々と頭を下げる。

 が、鳥谷は渋い顔をしていた。


「お情けでそんなこと言われてもな……嫌だな」

「私、一旦日本に帰りたいです。そうなったら、大統領の席が空いてしまいます。私が安心して後継に指名出来るのは、鳥谷さんしかいません」

「そうか……愛理、お前日本に戻るのか?」

「はい、そのつもりです。あかりを連れて戻ります。あっちで不義理をした人もいるし、お母さんにも何も伝えてこなかったですし」

「事情はなんとなく察した。だが、断らせてもらう」

「え? 何でですか、鳥谷さん!?」

「後継指名とかじゃなくて……実力で大統領の座に返り咲いてみせる。アナタの後継指名を蹴って、アリスティーがいなくなれば、いずれにせよ大統領選挙となる。そこで勝ち抜いて、また大統領になってみせるよ」

「鳥谷さん……」


 愛理はしょんぼりと肩を落とした。


「暫くはお別れだな、愛理。また帰ってくるつもりはあるのか?」

「はい。私、この世界が――トレビック国が大好きになってしまいましたので。日本でアイドル活動をするか、こっちでするか迷う所ではありますが……でも、高校卒業したら、必ず一回は戻って来ますから」

「そうなの。でも、その時は実力でバニラホイップが大統領になっているから、挑みたければ、また挑んでくるがいいわ」

「はい!」


 愛理ははにかんだ。


 鳥谷に暫しの別れを告げ、カティアの家に向かった。もう美砂と朋世には、この話は通してあり、二人は納得していた。


 前日にカティアやマリーやライラにも、この世界を離れる話をしておいた。さすがに異次元である日本に帰るとは言えず、見聞を広げるため三人で旅に出るのだと説明しておいた。



 その夜、アリスティーの送別会がマリーの店で盛大に行われた。


 カティアは「きっとまた戻っておいで」と別れを惜しみ、マリーは涙ぐんでいた。親衛隊長のアンドレは号泣し仲間と深酒をした。

 美砂のストーカーであるミーシャは、彼女に抱きつこうとしたが、アッサリかわされ、ふん縛られた。


 サラマンディーは渋面をぶら下げ、壁際にもたれかかっている。そこに愛理が近寄る。


「お疲れ様、サラマンディー」

「まぁ、そっちこそお疲れだ」


 愛理とサラマンディーは盃を合わせる。


「大統領を辞めていっちまうのか?」

「うん。鳥谷さんを後継に指名したのだけれど、断れちゃった」

「……そうか。なら大統領の座は一旦空席になり、副大統領が代行を勤め、その間に大統領選挙が行われるな」

「そういうことになるみたいね……」

「うっし。あたしは決めたぞ。次の目標を。大統領選挙に出る。どうせバニラホイップも出馬するんだろ? あいつらと一騎打ちしたくなってきた」

「サラマンディーらしいね」


 愛理はくすくすと笑い、手を差し出した。その手をサラマンディーが払いのける。


「言ったろ? ライバルとはじゃれ合わないって」

「んもぅ」


 愛理は頬を膨らました。


「まぁ、でもアイドル対決はよく頑張ったよ。勝ったのは、あたしらのお陰だけどな」

「そうよね。感謝してる。エレメンタリーズの皆にも」

「その……なんだ……あの時の勝利を祝ってなかったな。友情の握手とかまっぴらだけど、勝利のハイタッチなら、してやんなくもない」

「それでいいよ、もう」


 サラマンディーは手を掲げる。愛理はその手にハイタッチをした。乾いた小気味の良い音がする。


「達者でな」

「サラマンディーもね」


 愛理の言葉にやれやれと首を振り、サラマンディーは仲間の――エレメンタリーズが集うテーブルへと移動していった。


 こうして夜も更けていく。

 その晩、招待したはずの錦野は姿を現すことはなかった。

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