第58話 錦野の残したもの

 アリスティーが一つ足りもの。それは曲である。「パラダイム」はバニラホイップに先行して歌われてしまったので、こちらが演奏する訳にも行かない。

 パラダイムを取られたので、一から演奏する曲目を考える必要があった。

 1曲目、アースクエイク。

 2曲目、リーチザスター。

 ここまでは皆との話し合いの末、決まっていた。


 アースクエイクはエレメンタリーズの持ち歌で、激しいロック調の曲。これをアイドルが歌うようなポップな曲にアレンジすることも了承を得ていた。但し、バスドラムは8ビートから4ビートにするものの、ビートにあわせ、ノームが会場を揺らす点は変更がなかった。


「そうなると、あと一曲足りないか……」


 愛理は自室で口を尖らせていた。うーんと唸りながら部屋をウロウロとしていると、彼女の脛に日本から持参してきたボストンバッグがぶつかった。


「いたぁーい」


 愛理は脛をさすりながら、しゃがみ込む。ボストンバッグの口が開いていたので、それを閉じようとしたが、その手が止まった。バッグの口から一冊のノートが見えたからだ。これには、錦野が書いたパラダイスのスコアが記されている。が、彼女にはそのノートがどうにも気になってしょうがない。何かがあると、虫の知らせみたいものが頭を駆け巡る。

 彼女は急いでそのノートを手に取り、ページを捲っていく。すると、確かにあった。書きかけの鳥谷の曲が。


「ダリアってタイトルなのか……」


 愛理は錦野が書いたスコアを捲り、目を見開いた。


「なんて……なんていい曲なの! すごい! これは『パラダイム』以上の曲かも!」


 愛理はわくわくしながら、次のページを捲る。が、それ以降は白紙だった。


「途中までの未完成! そ、そんな!」


 愛理はガックリと項垂れる。――と、なにやら隣室の美砂の部屋が騒がしい。「ぎゃー」だの「出てけー」だのの声がする。

 何事かと思い、愛理は美砂の部屋に急行する。そこには美砂に踏んづけられたミーシャがいた。毎度毎度懲りもせずに、美砂をストーカーしていたようだ。もっとも、部屋にまで侵入してきたってことは、いよいよ被害届を出さねばならぬレベルなのだが。


「ミーシャ……」


 愛理は白い目で見る。


「い、いや。愛理おねぇ様。これは違うのですよ。ミーシャは決して美砂おねぇ様をストーキングして、終いには部屋に侵入してきたとかではなくてですね」

「じゃあ、なんで勝手に部屋の窓が開いてるんだよ!? 天井からこの部屋の窓までロープを吊してるし」


 美砂は窓を指差す。たしかにロープが吊されてあった。

 軽蔑の視線をミーシャに送っていた愛理であったが、「あっ!」と大声を出す。


「ん? どうしたリーダー」

「この村にも天才音楽家で天才作曲家がいたじゃない!」


 愛理は自室へととって返す。

 美砂とミーシャは顔を見合わせて、互いに首を捻っていた。


「えっと。これ」


 愛理は部屋から取ってきたノートをミーシャに渡す。錦野が書いたスコアのノートである。ミーシャは黙ってそれを見た。時々、唸り声を出しながら。


「こ、これは凄い曲になりそうなのです。――ですが、これはまだ曲の途中のようですが?」

「だからね。この続きをミーシャに書いて欲しいの」

「な、なんと! それは光栄なのですよ! 愛理おねぇ様の曲の続きを、この超天才作曲家ミーシャに任せていただけるとは!」


(それを書いたのは私じゃなくて、あかりなのだけれど)

 それを述べると面倒事になりそうなので、愛理は口にせずにおいた。


「むむむ。これだけの曲。ミーシャの作曲魂がメラメラバーニングなのです! では、早速家に帰って、曲を仕上げてまいります!」


 ミーシャは窓の外にあるロープに掴まり、カティアの家から出ていった。ここまで来たら素直に階段で降り、玄関から出た方が良さそうなものであるが。


 翌朝、早朝5時。また美砂の部屋が騒がしくなっていたので、愛理は目を覚ました。パジャマのまま美砂の部屋の扉を開けると、美砂がミーシャふん縛っていた。ある意味、簀巻き状態。

 見ると、窓が開いていて、外にはまたもロープが垂れていた。どうやらミーシャの辞書には学習能力という単語が欠落していているらしい。


「あ、愛理おねぇ様。曲を仕上げてきましたのです。ハッキリ言って、会心の出来で、神曲です」


 縛られているミーシャの脇にノートが落ちていたので、愛理はそれを拾い、ページを捲った。


(すごいすごい! なんて曲なの! 音がカラフルで、音符が今にも踊り出しそう!)

 愛理は驚嘆する。ミーシャは信頼に応え、確かに神曲を作り出したのだ。


 その後、「リーチザスター」をより良い曲にするため、愛理はミーシャに曲のアレンジを頼んだ。「なんなら全面改良してもかまわないわ」という言葉を添えて。


 美砂から縄をほどかれ、自由になったミーシャは「ラジャーなのです!」と言い残し、また窓の外にぶら下がっているロープをつたい、家から出て行った。


 部屋に残っている美砂が愛理に疑問を投げかける。


「あのさ、リーダー。アイドル対決でやる曲のことなんだけど」

「うん」

「錦野先輩が大元を作り、ミーシャが完成させた新曲を使うの?」

「うん、そのつもりだけど?」

「――となると、一曲目をアースクエイク、二曲目をリーチザスター。三曲目は出来上がったばかりの新曲。本当にこの曲目で行くつもりなんだ?」

「そうよ。これでいきましょう」

「よくよく考えると、それは無茶だよ! 3曲しか演奏できないのに、馴染みのヒット曲をリーチザスターしかいれないなんて。ファンの受けがいい馴染みの曲を1曲しか入れないなんて、無謀だよ! やっぱり考え直そうよ、リーダー」

「そうかもしれない……セオリー通りならね。でも、私はインパクトを期待しているの。アースクエイクも、新曲『ダリア』もインパクトの強い曲よ。観客の皆は、そのインパクトに度肝を抜かれるはずなの!」

「う、うん……まぁ、そういう手もあるかもしれないけど……ボクはコズミックハーモニーとか入れた方が無難かなって。――あとさ。あと、錦野さんが作曲したのは、途中まで書いた新曲だけじゃないか。それも、途中までのスコアしかなくて、あとはミーシャが考えた曲だ」

「それが何か? いいじゃない、別に」

「ひょっとして、リーダー。バニラホイップだけに挑むつもりじゃなくて、錦野先輩にも挑む気でいるじゃ!?」


 美砂の言葉に愛理の顔が一瞬だけ硬直する。愛理は美砂の肩を叩き「そんなつもりはないわよ」と言い残し、自室へと戻った。

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