第54話 あること

 愛理は県知事室のデスクで額に右手を当て、目を瞑っていた。眉間には深い皺が刻まれている。


(高らかにアイドル対決を宣言したけど、このままじゃバニラホイップに勝てない)

 愛理はふぅと嘆息する。ダンスに歌にステージパフォーマンス。どれを取ってもバニラホイップの方が一枚上手であった。


(しかも、「パラダイム」を先に歌われた。楽曲まで見直す羽目になるとは……でも、どうしてなの、あかり? どうして鳥谷さんにパラダイムを提供してしまったの!? あの曲は、アリスティーに提供してくれたんじゃないの? ねぇ、答えてよ、ねぇ!)


 愛理の表情が曇る。だが、錦野はここにはいない。自分で問うてみたところで、相手がいなくては、無意味である。


 アイドル対決は、基本持ち歌3曲ずつを披露し、対決するのが慣例となっている。どの曲をチョイスし、どういう曲順でステージ構成をするかが、勝負の行方を左右することにもなる。その意味でも、パラダイムのようなキャッチーなポップスをバニラホイップに掠め取られてしまったのは、大きな痛手。


 愛理が渋い顔をしていると、扉がノックされた。「どうぞ」と声に出すと扉が開き、ひょこっとサラマンディーが顔を出す。


「よっ」


 サラマンディーは片手を上げ、ツカツカと知事のデスクに歩み寄る。


「何の用なのよ?」


 愛理は厳しい表情のままであった。いつもの彼女なら、サラマンディーのような友人が来たら相好を崩すところなのだが、そうしなかった。バニラホイップという強大なライバルとの対決と錦野の問題を抱え、心に余裕がなかったのだ。


「へ。やっぱりな。アイドル対決を前にして、チョー考え込んでやがる。心に余裕がなけれりゃ、勝てるものも勝てないぜ」


 図星をつかれ、愛理の顔が赤くなる。


「用件を早く言って。あなたとのアポイントは取ってないのだから」

「忘れたのかい? あたしはトラサル県の前知事だ。顔パスってもんよ。今も県の地政課の職員だしな」


 サラマンディーは火の精霊というスキルを活かし、火山活動を監視する県職員になっていた。他のエレメンタリーズのメンバーも同様の職に就いている。


「――と。んなことはどうでもいい。ほらよ。くれてやらぁ」


 サラマンディーは愛理に一枚のチケットを差し出す。それはエレメンタリーズのライブチケットであった。


「へぇ、エレメンタリーズのライブかぁ。――って、今日の7時からじゃない!?」

「まぁ、息抜きは必要だぜ、知事さん」


 サラマンディーはウィンクする。


 愛理は県知事選でエレメンタリーズとの死闘を思い返す。辛勝であった。ひょっとしたら、よきライバルであるエレメンタリーズのライブを見ることで、何かのヒントになるかもしれないと彼女は考えた。


「行かせてもらうわ。必ず」


 愛理の顔が綻んだ。アイドル対決が決まって以来難しい顔をしていたので、久々の笑顔となった。そこでサラマンディーはぬっと手を出す。


「なに?」

「80グランX3人分。締めて240グラン」

「チケット代を取るの!? 呆れた。この前、私達がライブをやったときは、タダで招待してあげたのに」


 愛理は代金をサラマンディーに渡す。彼女は「へへ、毎度あり」と微笑み、用件が済んだとばかりに、知事室から出て行った。


 愛理は美砂と朋世に魔道電話で連絡し、アイドル・スタジアムで待ち合わせることにした。5時までに仕事を終え、彼女はスタジアムへと向かった。


 エレメンタリーズのライブが開演となる20分前、愛理はスタジアム正門前で美砂と朋世と合流する。


「ライブ楽しみニャ」


 畑仕事を終え駆けつけた朋世はニコニコ顔だった。


「そうね……今日のライブを見て、何かヒントを思いつければいいのだけれど。バニラホイップに対抗できるようなヒントを」

「バニラホイップに対抗する、か。なにせ彼女達は二十人からのアイドルユニットだもんな。あの人数で踊るのは迫力があるよ。それに比べ、ボクらは三人だけ。二十人と三人だけのダンスじゃ、ステージ上での迫力が全然違うよ」

「そうよねぇ……やはり、ステージパフォーマンスもバニラホイップに劣るわ。けど、一つ一つ課題を克服していかなきゃ。まずは、ステージパフォーマンスだけでも対等……ううん、それ以上にしないと」

「でもリーダー、言うは易しだけどさ。正直、この話はメンバー数の問題じゃないか。僕らが努力してどうのっていう話じゃないよ」


 愛理はうーんと唸る。美砂の指摘は正しい。構成メンバーの数は物理的な問題であって、練習を積めばいいというものではない。


(けれど、何かあるはずよ……バニラホイップのステージパフォーマンスとも互角に渡り合える何かが……)


 愛理は思案し、指定座に着いた。取り敢えず考え事は止め、エレメンタリーズのステージを楽しもうと彼女は思った。


 すると地響き。ライブ開演時間と同時にスタジアムが揺れた。地震かと思われたが、5秒ほどで揺れは収まったので、どうやら違ったようだ。

 ステージ中央にドラムのノームが座る。彼女がドラムを叩くと、また地響きが起った。観客は度肝を抜かれている。


「エレメンタリーズのライブへようこそ。おらいくぞ! アースクエイクだ!」


 サラマンディーが舞台袖から勢いよく登場する。曲名の如く、重たい8ビートのバスドラムが鳴る度、そのリズムに合わせ会場が揺れた。


「す、すごい。会場が揺れている」

「美砂っち先輩、分かったニャ。ノームは地の精霊だから、地の力を借りて、地響きを起こしているのニャ」

「そ、そうか。そういうことか。それにしてもこの曲、ロック調でバツグンのノリだね」


 重たいバスドラにサラマンディーが弾くディストーションの効いたギター。ヘビーなハードロックで、アースクエイクという曲名にピタリとマッチしていた。


「うん、凄くいい曲。エイトビートからフォービートにすれば、ノリノリのポップなダンスナンバーにもなりそう」


 耳をつんざくような音の中、愛理は大声で応える。


 ――と。ステージ上に配置されてある円柱が燃え上がった。サラマンディーが炎の魔法を発動させたのだ。

 うおおおおおおおおと観客から大歓声。リズムに合わせた地響きに炎が揺らめき。観客は大興奮である。


 ステージセットの4本の円柱が燃え盛っているところで、水柱が上がり、炎は沈下した。

 ウェンディーが水の魔法を発動させたのだ。次いでスタジアムに突風が起こり、紙吹雪が桜の花びらのように舞った。風の精霊シルフィーが風を自在に操っていたのだ。


 地響き、炎、水、風。

 精霊達のバンド、エレメンタリーズならではの脅威のステージパフォーマンス。観客は度肝を抜かれる演出にさらにヒートアップ。


(曲もステージパフォーマンスも最高だわ! このステージパフォーマンスがアリスティーにもあれば……)


 そこで愛理はあることを思いつき、ハッとする。このライブが終わったら、エレメンタリーズの控室に押しかけ、「あること」を懇願してみようと考えた。


 強烈なオープニング曲アースクエイクから始まり、12曲の持ち歌を終え、エレメンタリーズのライブは終わった。観客のうねりのような歓声に応え、サラマンディーは片手を掲げ、ガッツポーズをしながら舞台を降りていく。

 それを見届けてからアリスティーの面々は、控室へ行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます