第51話 通じ合う心

 愛理とあかりは、ガラス扉を開け、中庭に出た。そこには、綺麗にガーデニングされた木や植え込みがあり、緑が鮮やかであった。


「座れば?」


 少し歩き、錦野は中庭にある噴水の縁に腰を下ろす。愛理もそこに腰を落ち着けた。


「怒って……るよね? 黙ってまた鳥谷さんの所に来ちゃって」


 錦野は恐る恐るといった様子で愛理を見る。


「そりゃもう。怒りもあるし、鳥谷さんの所に行っちゃったから、嫉妬もしてる」

「そうだよね……私が愛理の立場だったら、きっとビンタの一つでもかましてやらきゃ収まらない気がする」

「まぁ、ね。また裏切られてしまったって気持ちにはなっている」

「……理由はどうあれ、私はまた鳥谷さんの所に来てしまった。彼女のために新曲も書いているところ。だから、ぶっていいよ。裏切り者の私を思い切りぶってよ」


 錦野はきつく目を瞑った。平手の一発でも張られるのを覚悟し、身体を強張らせている。

 愛理の目が吊り上がる。怒りに燃えていた。そして、大きく手を振りかぶる。


「っ!」


 錦野は横っ面を張られるのを覚悟していたのが、頬に痛みは感じない。どうしたことだろうと彼女が目を開けると、愛理は振りかぶった右の拳をコツンと彼女の頭に置いた。


「これでお終い。頭に軽いゲンコだけで十分だよ」

「どうして? それじゃあ愛理の腹の虫が治まらない。ちゃんと横っ面を叩いてよ!」

「いいのよ、これで。私もあかりの気持ちが分かるから。鳥谷さんへの恩を返しに来ただけじゃない、貴方は」

「けど、けど……そのために、貴方を……愛理を捨ててここに来てしまった。貴方の気持ちを裏切ってしまった……」

「あかりの心の天秤が、私か鳥谷さんかって揺れ動いて……ほんの少しの差で鳥谷さんの方に傾いてしまった。それだけのことじゃない。そりゃあ、本音を言えば、そのことに嫉妬したり、怒ったりはしていたけど……」


 実際にあかりの顔を見ていたら、そういった黒い気持ちもだんだんと霧散していくのが愛理自身にも分かった。そして、彼女は錦野の頭の上に手を置く。今度はゲンコツではなく、手の平を。


「でも、バニラホイップに新曲を書いたら、戻って来てくれるんでしょ? アネモネや私達のアリスティーに」


 愛理は錦野の頭に置いた手で、優しく髪を撫でる。錦野の髪は綺麗なストレートで、人形のように可愛い顔をした彼女にとても似合っていた。


 錦野の心に優しさが染みてくる。ともすれば、瞳が潤んでしまいそうになったが、どうにかそれを押し止めた。


「勿論、そのつもりでいた。新曲を書き上げ、鳥谷さんにそれを手渡したら、日本に帰るつもりだったから」

「なら、鳥谷さんより私をとってくれることになるじゃない。アネモネとアリスティーのことを初めから選んでいたのよ、貴方は」


 錦野ははっと顔を上げる。愛理は天使のように微笑んでいた。彼女の綺麗な顔も相まって、本当の天使に見えた。たまらなくなり、愛理の胸に顔を埋める。声を殺して嗚咽していた。愛理はその頭を優しく撫で続けた。


 暫しの時が流れる。聞こえてくるのは、噴水の穏やかな水音のみ。そうしているうち、落ち着きを取り戻したのか、錦野は愛理から離れる。


「ご、ご免。なんかちょっと取り乱しちゃったみたい。ウチらしくもなく」

「元気は出た?」

「あたぼうです。愛理さん」


 錦野がそう口にすると、くすくすと愛理は笑った。つられて、錦野も笑ってしまった。


「だけどさ、愛理」

「なに?」

「ウチが作るからには、最高の曲をつくるつもり。バニラホイップには、最高の曲を提供するわ。申し訳ないけど」

「上等上等。そうこなくっちゃ、私が尊敬する作曲家とは呼べないよ」


 そこで二人は立ち上がる。


「アイドル対決楽しみにしてる。アリスティーとはライバルになっちゃうけど……」


 錦野が手を差し出す。


「勝つのはアリスティーよ。ステージでは最高のパフォーマンスを見せてあげるから、バニラホイップ陣営は精々震えていなさい」


 愛理も手を差し出す。固く握手をした。お互いの手の平は熱く、あたかも燃えているようであった。


 またも敵味方に分かれる二人。けれど、お互いのわだかまりはなくなっていた。

 ただ、互いに全力を尽くすだけ。それだけなのだ。


 アイドル対決の後、勝とうが負けようが、愛理と錦野は親友に戻れる。

 今は、その事実さえあれば、十分であった。彼女達の心は、深く通じ合ったのだから。

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