第50話 仲良しごっこはもう終い

 翌日。大統領官邸の門の前に着くやいなや、愛理は馬車から飛び降りた。

 官邸に入ると、大ホールに受付がある。アポイントメントもせずいきなり来たのは失敗だったかと思う愛理の前を、秘書官の女性が通っていく。


「秘書官さん、どうも今日は」


 愛理は秘書官肩を叩く。


「また貴方ですか。まったくもう」


 秘書官はやれやれと首を振る。


「で、今日はどういったご用件で? また大統領との会談をご所望なのですか?」

「そうよ、それそれ。そういった訳で、大統領に取り次いで下さるかしら?」


 秘書官は愛理の目を見る。そこにははっきりとした強靭な意志が見て取れ、鳥谷に会うまでは梃子でも動きそうにない。

 彼女は大きく嘆息し、受付にある魔道電話の受話器を取り、大統領室に連絡を入れる。2,3会話した後、彼女は電話を切った。


「鳥谷大統領がお会いになるそうです」

「はなせるー」


 愛理は指を鳴らす。


「ただし、大統領のスケジュールは過密です。10分だけの面会なら許します」

「それだけあれば十分です。ありがとう秘書官さん」


 愛理は大統領室に駆けていった。


 大統領室の分厚い木製の扉の前に愛理は立つ。その扉の脇には、もう一人の秘書官がいた。こちらは男性だ。


「杉野県知事ですね? どうぞお入り下さい」


 秘書官が重厚な扉を開け、室内へと愛理を誘う。


「やあ、愛理ちゃん。一昨日の舞踏会以来だね」


 鳥谷はプレジデントデスクにある豪華な椅子に腰を落ち着けていた。彼女の声は至って明るく、友を出迎えた時のような親しみすらあった。


「あの節はどうも、大統領」


 愛理は歩み寄り、鳥谷と握手を交わす。お互いの顔はにこやかであったが、交わす視線は火花が散る。


「――と。堅苦しい挨拶はここでまでにして。愛理ちゃん、今日ここに来た目的は、錦野に会うためでしょ?」

「その通りです、鳥谷さん。いくら鳥谷さんといえども、私とあかりが会うのを邪魔はさせませんから」


 鳥谷は機密書類に目を通すため、視線を下げた。その書類を一読し、流麗な字で大統領承認のサインをする。そして、再び目線を上げ、愛理を見る。


「錦野の居場所を訊くまで動くつもりはないって顔ね」

「そのつもりです。ここを押し通ってでも、あかりと会います」

「私がセキュリティースタッフを呼んで、官邸の外に摘まみ出したらどうする気?」

「それでも、またここに来ます。何度も。何度でも」


 鳥谷はフッと微笑む。それは、この前アリスティーに完勝した者だけが作れる余裕ある笑み。


「ところで、この前の舞踏会でのステージはどう思った?」

「圧巻でした。バニラホイップは凄いです。凄すぎます。今のアリスティーでは、到底敵いません。……でも」

「でも?」

「決して越えられない山ではないと思えるようになりました。一時は惨敗し、失意のどん底まで落ちましたが、そこから這い上がって来ました」

「フフ。越えられるかしら? 私達バニラホイップという山を。その頂きに手を届かせることが出来るのかしら?」

「……越えられないかもしれません。でも、必ず挑みます。それも近いうちに」

「そう、それは楽しみ。私も以前から――あの秋葉原のイベントスペースで共演していた時から、アリスティーと勝負したいと思っていたのよ。心の奥底ではね」


 鳥谷は口の端を上げる。そして、挑むような目付きで愛理の瞳を覗き込んだ。


「私達バニラホイップに挑むっていうことは、それって『アイドル対決』をするっていう意味にとらえていいのよね?」

「はい。アイドル対決をしましょう。鳥谷さん」


 愛理は闘士に燃えた目で鳥谷を見据える。


「オーケー、分かったわ。日時はそっちから指定しなさい。場所は私が決めるわ」

「分かりました」

「けどいいの、愛理ちゃん?」

「何がですか?」

「アイドル対決するとなると、お互い敵同士になるのよ。秋葉原にいた頃のように、アイドルの『先輩後輩』って仲良しこよしな的な間柄じゃなくなる。それでもいいの?」

「勿論です。鳥谷さんのことは、今でも偉大な先輩と想っていますけど……バニラホイップは、ずっと以前から好敵手のつもりでいましたから」

「その覚悟を聞ければよし。ならご要望通り、錦野に会わせるわ。もっとも、私と仲良しごっこをするつもりでいたなら、会わせはしなかったけど」


 鳥谷は不敵に微笑んだ。


「あかりはどこにいるんですか? 鳥谷さんのすぐ近くにいますよね? なんたって、あかりは鳥谷さんの側近になったんですから」

「お見通しか……そういう訳よ、錦野。聞き耳立ててないで、出てらっしゃい」


 鳥谷は手を叩く。すると、隣室の扉が開いた。そこからおずおずと錦野が出て来る。


「あかり……」

「愛理……」


 二人は見つめ合った。複雑な気持ちをお互いに抱えながら。


「はいはい。続きは中庭でやりなさい。私はまだ仕事が一杯残っているんだから」


 鳥谷は親指で後ろを指す。そこには、ガラス扉があり、中庭の緑が見渡せるようになっていた。


「それでは失礼します、鳥谷大統領。ありがとうございました!」


 愛理は深々と頭を下げた。

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