第43話 押し花

 愛理は自室に戻り、息を吐く。今日起ったことが、信じられないでないでいた。まるで夢見心地だ。

 たった5人のファンからスタートしたアリスティー。それが、500名からファンを呼び寄せるにいたり、大手レコード会社からのオファーも来た。

 試しに、頬をつねってみる。しっかりと痛みが伝わった。


 ベッドサイドに腰を下ろし、サイドボードを見る。そこには、錦野から借りた本があった。


「いけない。このところ忙しすぎて、すっかり忘れていたわ。いい加減読んで、あかりに返さなくちゃ」


 愛理はパラパラとページを捲る。――と、本の中頃に押し花があった。


「へぇ。あかりが押し花をしてるなんてなんか意外ね」


 愛理は押し花を摘まみ、しげしげと眺める。そうしているうちに、身体に電流が走った。


「この花綺麗。ダリアにそっくりだけれど、やけに小ぶりだし……それに色も緑で、こんなダリア見たいこともないわ」




「リーダー、それはダリアじゃなくて、リアダというトラサル県にしか咲かない花だよ。カティアさんの小麦畑の近くにリアダの花畑があるんだ」

 美砂は説明する。

「へぇ。この花リアダっていうんだ」

 愛理は愛おしそうに緑色した小さな花を見詰めた。




 異世界での出来事を思い出した。これは間違えなくリアダの押し花。

 愛理は書棚にある百科事典を捲る。ダリアの花のページを見つけて読むが、緑色のダリアは存在していない。


「あかり。貴方、やっぱり異世界に行っていたのね……」


 愛理はガックリと項垂れる。


 今考えると、錦野がリーチザスターを知っていてアネモネがコピー演奏したのも、トラサル県営スタジアムで二万人の観客を前に歌ったことを知っていたのも、妙な話である。

 どれもこれも異世界のトレビック国にいなければ、知り得ない情報であった。


 異世界で行われた大統領主催の舞踏会。あの時、愛理は錦野を確かに見つけたのだ。あれは幻なんかではなかった。やはり、錦野はバニラホイップに曲を提供していた。


「あかり……信じてたのに……信じて……いた……のに……」


 愛理の瞳から涙が零れそうになる。彼女はそれをぐっと堪え、ニットを羽織り、最寄りの駅へと駆けだした。無論、行き先は錦野の家だ。


 時刻は十時を過ぎていた。夜分だというのに、錦野の母は愛理を快く招き入れてくれた。

 階段を上がり、錦野の部屋の前で大きく息を吸う。


(落ち着いて。落ち着いて話し合わなきゃ……)


 覚悟を決め、愛理は部屋をノックした。中から「どうぞー」と聞こえてきたので、愛理は部屋の中に入る。

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