第38話 絆、再び

 その翌日。また愛理は軽音部に、アネモネの演奏を聴きにいていた。

 今日はとくに涙することもなく、演奏を聴いた。


 午後6時の下校放送が校内にアナウンスされると、軽音部の皆は練習を終え、部室から出て行った。

 愛理と錦野は共に下校し、帰りがけにハンバーガーショップに寄る。

 セットメニューを乗せたトレーを手に、二人は座席に腰を下ろした。


「昨日の愛理の涙の訳を考えた」

「え?」


 突然の切り出しに、愛理は少し呆然とする。


「それは……きっと愛理が音楽に飢えていたからだ」

「音楽に飢えて……」

「そう。今の愛理には音楽が足りない。心の中では、歌うことを求めているのだよ」

「そ、そうかな……」


 愛理はストローを刺し、コーラを啜った。


「そうだよ。今の愛理には、アイドル成分が足りていないのだよ」

「あ、アイドル成分って、あなたねぇ」


 愛理は呆れてしまった。アイドル成分って一体。


「そんな君に、私からの贈り物だ。受け取ってくれたまえ」


 錦野は一冊の音楽ノートを差し出す。愛理はそれを受け取り、目を通す。そうしているうちに、愛理の目が見開ていった。


「こ、これって曲のスコアじゃない? なんの曲なのよ?」

「勿論、アリスティーの曲よ。昨日の晩に、新曲2曲も仕上げたんだ。感謝して欲しいな」


 錦野はニッコリと微笑みながら、ポテトをつまむ。


「あ、ありがとう、あかり! とても……とても嬉しいわ。けど……」

「けど、なにさ?」

「アリスティーは活動停止中で……そのぅ……」


 たしかに、親友の心遣いはありがたい愛理であったが、彼女の心は頑なだった。まだ、「アイドル」という単語は、彼女の中で永久凍土の氷のように凍てついている。

 折角、錦野が新曲を書いてきてくれたにも関わらず、どうしてもアリスティーの活動を再開する気になれずいた。


「明日、午前7時」

「え?」

「屋上に行ってみなよ。そして、見てみな」

「屋上って、学校の屋上?」


 錦野は頷き、笑顔のまま言葉を発する。


「その光景がきっと愛理の心の氷を溶かしてくれるはずさ。愛理の凍てついた心をね」


 錦野はウィンクする。その言葉を飲み込めず、愛理は首を傾げるばかりであった。


 翌朝、午前7時。愛理は屋上の扉を震える手で開ける。彼女の手が震えていたのは、階段を登っている途中から「コズミックハーモニー」の曲が聞こえていたからだ。


 扉を開けると、眩しい朝日。その光の中に踊る人影が二つ。

 美砂と朋世が踊っていた。ラジカセから聞こえるコズミックハーモニーに合わせて。


「美砂、朋世……」

「り、リーダー?」


 美砂は入って来た愛理に目を向け、驚いた様な表情になる。


「貴方達。貴方達はずっと……」


 そこで愛理は絶句してしまう。


「ご、ごめんよ、リーダー。でも、僕はまだ辞めたくなくて……アイドルを、アリスティーをまだ諦めたくないんだ!」

「愛理先輩、勝手に練習しててごめんなのにゃー」


 美砂と朋世は、しゅんと萎れた。


 愛理は「ううん。そんなことない」と伝えたかった。

 だが、どうしてもその言葉が出てこない。彼女は地道に練習を続けていた二人のことをとても誇らしく思っていた。敗北しても尚且つ、アイドルとして立ち上がろうとしていた二人が、眩しく見えてしょうがなかった。


「素直になりなさいな、愛理」


 屋上の入り口から声。愛理が振り向くと、そこに錦野がいた。


「でも……でも……」


 愛理は打ち震えていて言葉が出ない。素直に自分の思いの丈を表現することが出来ずにいた。


「しょうがないなぁ」


 錦野が愛理の隣に来て、ふわりと彼女肩を抱く。


「私の後に続いて。オウム返しでいいから」

「あかり……」

「ご免なさい、皆」

「ご、ご免ね、皆」

「私もアイドルを――」

「わ、私もアイドルを――アイドルを続けたい。続けたいです!」

「アリスティーは活動を再開します」

「アリスティーは活動再開します! もし、二人共許してくれたらだけど!」


 愛理はいつの間にか泣きじゃくっていた。その頭を錦野がよしよしと撫でる。


「リーダー!」

「愛理先輩。朋世は勿論、大賛成なのニャー」


 美砂と朋世が駆け寄ってくる。


 4人は肩を組み、輪になった。その中に、愛理の親友でもある錦野もいる。

 愛理はまだ感極まっていて、涙を止めることが出来なった。錦野に、美砂に、朋世に、「ありがとう。皆、大好きだよ」と伝えたかったが、嗚咽していて、上手く伝えることが出来なかった。


 アリスティーは再び団結した。

 これから彼女達は以前よりもさらに強い絆で、アイドル活動という厳しい大海原へと再び漕ぎ出していくだろう。今度こそ、愛理は怯むことなく向かっていけるであろう。例え、行く先が雷雲轟く荒天であっても、立ち止まることなく行けるだろう。

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