第32話 錦野あかり

「……分かりました。歌います!」


 愛理は決断した。その決断に会場が「おお」と湧く。


 アリスティーとバニラホイップの競演は、秋葉原のイベントスペース以来だ。あれから愛理達アリスティーは、バニラホイップの背中を追い続けてきた。

 そして今。再びアリスティーとバニラホイップとのリバイバルが始まるのだ。――いや、リバイバルなどという優しい言葉は相応しくないだろう。ある意味、対決だ。


 声援を受け、壇上に上がるアリスティーのメンバー。三人が会場に頭を下げると、拍手が起った。


「いい? ここは全力よ、皆。ミーシャはシンセサイザーをお願い」

「が、合点なのですー」


 アリスティーのストーカーであるミーシャは、ちゃっかりと舞踏会にも付いて来ていた。


「こうなったら、バニラホイップをくってやりましょう。彼女達以上のステージをやるのよ!」

「了解だぜ、リーダー」

「ベストを尽くすのですー」


 美砂と朋世は元気よく返事をする。そして円陣を組み、「ゴー。アイスティー、ゴー」と気合いを入れた。


 まずはポップナンバーの「コズミックハーモニー」から始める。アリスティーは全力で歌い、全力のパフォーマンスをした。

 曲が終わると、会場がスタンディングオーベションをする。


 ついでの曲は「リーチ・ザ・スター」。知事選ライブで歌ったバラード。ミーシャの優しい音色のシンセサイザーに、ブラシアタックのドラム。それにのって、アリスティーは情緒豊かに歌い上げた。

 演奏が終わると、スタンディングオーベションとなった。


(けれど、何かが……何かが違う?)


 愛理は違和感がして、会場を見渡す。

 たしかに、会場は盛り上がっている。でも、違う意味での盛り上がりが混じっていたのだ。アリスティーを称えるだけの混じりっ気なしの賞賛ではない。それだけではない何かが混じっている。


(なんだろうこの違和感は……)

 愛理は声援に応え、観客に頭を下げ、ステージ裾に行く。未だ、心に引っ掛かりを残したまま。


「アリスティーでした。それでは、うぉほぉん」


 司会が咳払いしてから、言葉を継ぐ。


「それではお待たせしました。我らがトレビック国大統領アイドルグループ、バニラホイップの登場です!」


 うおおと会場の割れんばかりの声。紳士淑女――いわば、この国の上流階級の人々が集う場なのに、庶民がアイドルに歓声を送るライブステージのような雰囲気になっていた。

 余裕の足取りで鳥谷がメンバーを引き連れ、ステージの中央に立つ。会場の熱気は、最高潮に達した。


(そうか! 会場の熱気は、アリスティーばかりに向けられていたんじゃないわ。むしろ、バニラホイップが聴衆の目当てなのよ!)


 愛理はそう悟った。


「みんさーん、こんばんわー。バニラホイップのステージ楽しんでねー」


 鳥谷がマイクを掴み、センターに位置する。バニラホイップのメンバーは全員で20人だ。


 軽やかなシンセの音で曲が始まる。鳥谷がバク転を決め、その他のメンバーは統一されたダンスを披露する。明らかに鳥谷がこのステージを引っ張っている。

 彼女のダンスは、日本のアイドルのダンスとは一線を画していた。90’S洋楽のダンスポップのような派手な踊り。まるでジャネット・ジャクソンのような振り付け。

 当然ながら、そういったダンスは個人の高い技量がないと、とても見れたものではない。しかし、鳥谷はさも当然のように、軽やかにダンスしていた。その様は文句つけようがないほど決まっている。


 バックダンスを踊る19人のメンバーも、鳥谷のソロダンスに調和していて、見事なダンスを披露している。鳥谷を筆頭に、20人の息はピタリとシンクロするかのごとく合っていた。

 前奏が終り、鳥谷が歌を紡ぐ。人を惹きつけるチャーミングな声。決して音程を外さない完璧な歌。ハイトーンも難なく歌いこなす。


「わぁ。やっぱり鳥谷さんは凄いや。震えがくるよ」


 美砂は鳥谷の歌に感じ入っていた。

 その隣にいる愛理は項垂れる。正直、アリスティーとはレベルが違うと肌で感じていた。


「歌やダンスだけじゃなく、曲も最高にゃ」


 朋世の言葉に愛理はハッとする。


「……このコード進行……王道だけど、どこか憂いがあって、ハートに響いて……」

「ん? そう言われれば、どこか懐かしい感じがするよ。何処かで聞いたような……」


 美砂は眉根を寄せる。


「こんな曲作れるのは一人しかいないわ。錦野あかりが作曲したのよ!」

「錦野先輩だって!? リーダーの親友で軽音部所属の。僕達アリスティーの曲を作曲してくれたあの錦野さん?」

「そうよ。このコード進行に曲調……やっぱり、彼女の曲としか考えられない」

「け、けど、リーダー。ここは異世界なんだ。錦野先輩がいるわけないじゃないか」

「いえ、きっとそう。あかりはいるわ! 絶対よ!」


 愛理は焦って会場を見渡す。そこで、赤いカクテルドレスを着た少女と目が合った。その端正な顔は、間違えなく錦野であった。

 錦野は愛理と視線が合うと悲しそうな表情になり、そして、あらぬ方向に顔を背けた。


「ちょ。あかり!? こっちに来て! 話したいの。色々、色々」


 愛理は叫ぶ。

 彼女の胸には、夕暮れの放課後、学校の屋上でお互いに語り合って曲を練り上げていった思い出がこみ上げていた。


 それだけでなく色々な思いがあった。突然異世界に来て、親友であるあかりと離れ離れになったこと。異世界でカティアやマリー、それに天才音楽家のミーシャと出会ったこと。知事選での激闘の末、エレメンタリーズに辛勝したこと。

 そんな思い出が愛理の中で駆け巡っていた。そして、そのことを錦野に話したくてたまらなくなっている。

 だが、錦野は大勢の聴衆に紛れ、その場から姿を消してしまった。


「くっ……」


 愛理は唇を噛む。


「リーダー。錦野先輩がいたの?」

「ええ。ハッキリと見たわ」


 美砂の問いに愛理は頷く。


「錦野先輩がいて、もしバニラホイップに楽曲を提供していたとしたら……」

「そう。ダンス、歌唱力でも差があるのに、才能の固まりみたいなあかりが曲を作っていたとしたら、それはもう……」

「僕達アリスティーじゃ、バニラホイップに勝てない……」


 美砂は俯く。


 実際のところ、アリスティーには天才音楽家のミーシャがついている。だが、彼女自身が作曲をしているわけではない。

 現状、愛理が曲の大元を作曲し、ミーシャが自分なりに少しアレンジを加えているにしか過ぎない。愛理も作曲の才能があるが、とてもではないが錦野のような艶やかで、それでいて軽快な曲を作れない。

 作曲家のセンスとしては、明らかに愛理より錦野の方が上であった。


 愛理はなんとかしてホールからいなくなった錦野を見つけ出そうと、舞台袖から降りようとする。

 丁度そこで、バニラホイップの演奏が終了した。会場は割れんばかりの拍手。それに指笛。

 アリスティーの時の声援とは違って、それは混じりけがない。聴衆の皆が、バニラホイップのパフォーマンスに酔いしれ、賞賛を惜しまないでいた。その熱気は、アリスティーが演奏を終えた時とは、一目瞭然の差があった。


「ま、負けた……」


 美砂は項垂れる。愛理も朋世も明確な敗北を感じ取っていた。


「所詮、私達アリスティーはバニラホイップ前座だったのね……それなのに、バニラホイップにアイドル対決を申し込もうとしていたなんて、まるで馬鹿みたい……」


 力なく愛理が言葉にする。


 これが舞踏会の座興でなく、真剣勝負のアイドル対決だったらアリスティーは何もかも失っていた。当然、知事は失職し、名声までも失い、ただの市井の人となる。そして、そこから再起をかけるのは至難の業。

 アイドル対決で負けたという汚名は、一生付きまとうことになる。

 それほどまでに、アイドル対決とは過酷なのだ。


 さすがの朋世も元気がなかった。アリスティーのメンバーは、打ちひしがれていた。敗北という重い十字架を背負いながら。


「でもでも。ミーシャはアリスティーが好きなのです! バニラホイップなんかより、全然、断然好きなのです!」


 三人の前に立ち、ミーシャは声を張り上げる。

 すると、会場から嘲笑にも似た声が上がった。


「まぁ、アリスティーも健闘したざます」

「まぁ、悪くはなかったよ。うん」

「でも、バニラホイップとの差は歴然だったかな」


 会場にひそひそとした声が木霊する。

 愛理はその場の雰囲気に耐え切れなくなり、走って迎賓館から出た。美砂と朋世もその後を追った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます