第30話 アリスティーが大統領に

前書き


アイドル対決は、アイドル同士でフェスを行い、ファン投票により雌雄をつけること。

アイドル戦争は、国を率いるアイドル二組が、国をかけてのフェスを行い、両国の全国民投票で勝敗を決することです。

どちらの場合も、両者の合意がない場合は、成立しません。




本編



「それは出来ない。フェラール国の大統領とアイドル対決する気なんて毛頭ないわ。まだ、実際の戦争で小競り合いをする方がましよ」

「そんな……どうしてですか!?」


 鳥谷は口角を上げる。不敵な笑みだ。


「答えは単純。私達、バニラホイップが負けるからよ」

「え?」

「たしかに、私達バニラホイップは、この国の大統領選で勝利した。けど、フェラール国の大統領グループ『ブラッエンジェル』は格が違うわ。戦う前に勝敗は決している」

「そ、そんな。そんな凄いアイドルユニットなのですか、ブラックエンジェルは? 日本のトップアイドル、アキバラよりも?」

「アキバラ? 笑わせないでよ。今なら、私達バニラホイップでもアキバラに勝てるわ。楽勝よ。完成度の高い韓流アイドルにすら、負けない自信がある。けどね……あんなものじゃないのよ、ブラックエンジェルは。もう次元が違うわ」


 生唾を飲み込む愛理。アキバラや鳥谷達のバニラホイップより、ブラックエンジェルは数段上にいるのだと聞き、戦慄が走った。


「ねぇ、北朝鮮のマスゲームって知ってる?」

「ニュースでなら見たことがあります」

「やつらは、あんなかんじよ。パフォーマンス中に一切乱れない。全てが完璧揃っているの。それこそ爪先までも揃っているわ。ううん、マスゲームと言うより、バレエの『白鳥の湖』の方が適切ね。コール・ド・バレエの洗練された美しさと、ピタリと揃った群舞。空恐ろしいものがあるわ」

「でも……アイドルとバレエじゃ全然違います。たしかに、コール・ド・バレエは美しいとは思いますけど、アイドルには溌剌さとかも必要じゃないでしょうか?」

「それは正しい意見ね。けどね、ブラックエンジェルは群舞の中にも、愛嬌や溌剌さもあるのよ。ピタリと揃ったダンス中でも、アイドルとしてのスマイルは絶やさない。とても愛嬌があるわ。アイドルのステージパフォーマンスで、ある意味究極とも言える」


 あの鳥谷にしてここまで言わしめるとは、ブラックエンジェルとは底知れぬ実力を持ったアイドルであると愛理は感じた。ある意味、ロールプレイングゲームのラスボスのような存在だと。


「あと、歌唱力の差。なんたって向こうは人種が違うから。もう声のパワーで圧倒されちゃう。ホイットニー・ヒューストンみたいなパワフルな歌声も出せるし、ハイトーンのメロウなナンバーまでこなしちゃうのよ。ブラックエンジェルのリーダーの声は8オクターブ出せるの。信じられる? あのマライヤキャリーですら、5オクターブの音域だっていうのに」

「そ、それは凄いですね。ですけど、鳥谷さん。それでも、私なら和平の為に、ブラックエンジェルと戦う道を選びますが?」


 鳥谷はその台詞を聞き、小馬鹿にするようにハンと鼻で笑った。そして、彼女は愛理など、現実を知らない無知蒙昧な存在なのだと感じる。そして、愛理の目を見ながら、諭すような口調で語った。


「必敗と分かっていて、どうして戦う必要があるの? そんな蛮勇なんか、根性論でしかないわ。それじゃあ、単なるカミカゼじゃない。私達バニラホイップがアイドル戦争をし、負ければこの国はフェラール国に接収されてしまうのよ。そうなったら、この国の文化、この国の言葉も失われ、全てがフェラール国に染まるの。それにあの国は、言論統制も厳しく、思想統制まで押し付けてくるわ。私はこの国をそんな風にしたくないの。一国の大統領として、この国の自由だと文化を守るべきなのよ。だから、私は負けることが確実なアイドル戦争なんてしないで、上手く外交をやり取りするしかない。フェラール国とは政治的駆け引きをし、出し抜くしかないわ。それが一国を背負う大統領の責務なの。けどね、愛理。そんな重責、貴方に耐えられるの?」

「で、でも。バニラホイップほどのアイドルが、必ず負けると、私は思えないのですが」

「そこを何度も言わせないでよ、愛理。バニラホイップでは、ブラックエンジェルに、必ず負ける。悔しいけれどもね」

「何を根拠にそこまで言うのですか、鳥谷さん?」

「そこはもう言ったじゃない。ブラックエンジェルのステージパフォーマンスは完璧なの。それでも、バニラホイップが弛まぬ努力を続けていけば、追い付ける余地はあるかもしれない。けれども、歌唱力の差――つまり、人種の壁だけは絶対に覆すことは不可能なのよ。私達がいくら努力をしても、8オクターブの声域は出せないし、ソウルフルな曲も歌えない。その猿真似は出来ても、本物にはなれない。日本人がいくら真似をしても、本物のマイケル・ジャクソンやセリーヌ・ディオンには、絶対になれないの! いくら私が努力をしても、人種の壁を超越するのは、不可能なのよ」


 鳥谷の主張は的を射ている。つまり、正論なのだ。

 だが、一方で日本人バンドでも、海外の曲に追いつき、追い越そうと努力を重ねている。中には、日本人離れした驚異的なハイトーンボイスを出すロックのボーカリストも僅かだか存在する。また、テクノの分野では、マイナーな存在ながら、ある意味、海外アーティスト以上の実力を持った集団がいるのも事実。


 しかし、日本人では本物のマイケル・ジャクソンやホイットニー・ヒューストンになれないことは明白である。身体能力、ソウルフルな歌唱力だけは、本物には敵わない。こうした歴とした事実があり、ある分野では人種の壁に、どうしても跳ね返されてしまうのだ。


 そのことを愛理は鳥谷の言葉から痛感する。しかし、それでも納得がいかなかった。彼女のアイドルとしての矜持が、鳥谷の言う事実を拒んでいた。


 それに、ハーピーのライラは言った。「歌は魂の叫び。心の中からの声」と。


 その言葉が、愛理の背中を押した。


「……ブラックエンジェルの実力は分かりました。彼女達は、マイケル・ジャクソンやマドンナクラスのスーパースターであることを。でも、鳥谷さん。バニラホイップでは実力で勝てそうもないから、アイドル戦争は避けて、代わりに小競り合いの戦争をするのですか?」


 愛理は挑発するような口調になる。


「まっ、そういうことね。そうならないために、外交努力はするけれども」


 鳥谷は挑発的な言葉に取り合おうとせず、ケーキスタンドからスコーンを摘まみ、一口囓った。


「戦いもせず、逃げるんですか? 私の憧れだったバニラホイップの鳥谷望は、そんなに弱虫だったんですか!?」


 思わず愛理は叫んだ。


「あなたもスコーン一つどう? 美味しいわよ」


 愛理は唇をきつく噛み、「失礼します!」と怒りを滲ませた声を残し、大統領執務室から飛び出していった。

 そのまま彼女は大統領官邸の玄関から出る。官邸内の広い洋風庭園のベンチには、心配顔をしていた美砂と朋世がいた。


「あ、リーダーだ。おーい、リーダー」


 美砂は手を振る。愛理は二人がいるベンチの前に来た。


「大丈夫だったのですか? 鳥谷大統領に無事会えましたかニャ?」

「ええ、会ったわ。けれど、失望した」

「失望って……鳥谷さんにかニャ?」

「ええ」

「ちょ。どうしたんだよ、リーダー。東京にいた頃は、あんなに鳥谷さんを慕っていたじゃないか? それがどうしちゃったんだよ、急に?」


 美砂は目を白黒させる。


「あのね、美砂」

「う、うん……なんだいリーダー」

「大統領に……バニラホイップにアイドル対決を申し込んでもいいかな?」

「え? そ、そりゃあ無茶だよリーダー。僕達アリスティーとバニラホイップじゃ、実力の差があり過ぎるよ」

「だから! 鍛えて鍛えて鍛えまくって挑戦するの。アリスティーが大統領になったら、戦争のない世を作るの!」

「り、リーダー……」


 愛理の真摯な思いを受け、美砂は二の句が継げなくなってしまった。

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