第25話 滾りはおさまった

 悶えるサラマンディーの肩に、愛理は手を置く。


「ここはアリスティーに任せて」

「お、おい。そりゃ無茶だ。今にもジジイは爆発しそうだぞ」

「だから、お爺さんの気分を落ち着ければいいのでしょ?」


 愛理はサラマンディーにウインクする。


「美砂、朋世。『リーチ・ザ・スター』いくわよ」

「合点だよ、リーダー」

「承知の助なのですー」


 美砂と朋世が返す。


 サラマンディーには、何のことか分からなかった。今更、アリスティーが歌ったところで、爺さんのたぎりが押えられるとは思えない。

 そこに、ウェンディーの手が、サラマンディーの肩に優しく添えられる。


「ウェンディーの姉御」

「ねぇ、サラマンディー。知事選で歌ったアリスティーの歌、覚えてない?」

「たしか『リーチ・ザ・スター』ってバラードで……」


 そこでサラマンディーは目を張った。アリスティーはバラードで、爺さんの気を静めようとしているのだと感づいたのだ。


「でも、リーダー。ボク達、楽器の準備をしてきてないよ。伴奏もなしに歌うのかい?」

「アカペラでいいじゃない。心がこもっていれば、それでいいのよ」

「そっか。そうだよね、リーダー!」


 美砂は弾けるような笑顔を見せた。


「ちょっと待った!」


 サラマンディーが待ったをかける。


「なんだよ、サラマンディー。ボク達の歌を邪魔するつもりか?」


 美砂は頬を膨らます。


「い、いや。そうじゃなくてだなぁ。そ、そのぅ……」


 サラマンディーは人差し指を合わせ、顔を赤らめる。


「私達がバックバンドで『リーチ・ザ・スター』を演奏してあげる。実は私達ね。あの知事選でアリスティーの『リーチ・ザ・スター』に感激しちゃって。曲を練習してたのよー」

「バ。ちっ、ウェンディーの姉御。なんでんなこと言うんだよ!」


 サラマンディーの顔がますます赤くなる。


「サラマンディー」


 愛理は神妙な面持ちで、サラマンディーの手を両手で握った。


「な、なんだよ?」

「演奏……お願い出来るかしら?」


 サラマンディーは愛理の手を振り払い、後ろを向く。僅かの沈黙の後、「わ、わーたよ。今回だけだぞ。今回だけな」と口にした。

 愛理は頷く。アリスティーとエレメンタリーの皆も頷いていた。


 ノームは静かにドラムスティックを3,2,1と合わせた。コーラスのかかったギターに、ゆったりとした4ビートのベース。ドラムブラシを使い、ゆっくりと前奏が進む。そこに重なる愛理、美砂、朋世の優しい歌声、ハーモニー。


 激しいエレメンタリーズのロックから一転、穏やかなバラードナンバー。


 さっきまでヘッドバンキングし、ノリノリで応援していた学者や県職員の身体がゆらりゆらりと、たゆたうように動く。職員の一人は、綺麗な演奏と、アリスティーの絹のように優しい歌声に、感激していた。

 火口湖にいる爺ちゃんは、まんじりとも動かずにいた。遠目で分からないが、確かに心動かされているようだった。


 Dパートの歌を終え、アリスティーはお爺さんに一礼してから、マイクスタンドから離れる。次いでギターとベースの演奏が終り、ドラムがハイハットを打ってリーチ・ザ・スターの演奏は終わった。


「ブラボー!」

「素敵だったわ!」


 学者と県職員が惜しみない拍手を送る。ついでに、じいさんも涙を流しながら手を叩いていた。


「うおおおおおーん。感動したー。心動かされたわい! 汁が出そうじゃ」

「だからジジイ。汁は出さなくていいんだよ!」


 サラマンディーが即、ツッコむ。


「冗談じゃ。ワシの怒りは、すっかりと落ち着いた。今の歌でな」

「それじゃ、ジジイ。噴火する気はなくなったんだな?」

「もうさっぱりじゃ。ワシのたぎりはなくなったわい。今は明鏡止水じゃ」


 爺さんはつやつやした顔をしていた。精を出し、スーパー賢者タイムに突入したかのようであった。

「まったくこのジジイは」とは、サラマンディーの言である。


「それじゃ、ワシは一眠りすることにするわい。長い一眠りをの」


 爺さんは火口湖の湖底にその姿を消した。それと同時に、地表から吹き出ていた蒸気が止む。火山性地震も起らなくなった。


「さて、これで一件落着だな」


 サラマンディーはニカッと笑い、ギターケースを担いだ。


「本当にありがとう、サラマンディー。火山の噴火を鎮めるのに協力してくれて」


 愛理は握手しようと右手を差し出した。サラマンディーはまたその手を叩く。


「言ったろ。オメーらはライバルだ。馴れ合いはしねぇってな。そんじゃな」


 サラマンディーは愛理に背を向け、片手を掲げ、飄々と去って行った。エレメンタリーズの面々もその後を付いて行く。

 愛理は爽やかな笑顔であった。そして、その笑みをメンバーに向け、「行きましょう」と声にした。

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