第24話 ワシの男汁が出る

「知事さん。これ以上火口に近づくのは危険です」


 ヘルメットを被っている県の職員から注意された。メンバーはアリスティーと県職員、それに地質学と精霊学の研究者達であった。

 たしかに、これ以上火口に近づくのは危険である。火口付近の地面から白煙がもうもうと立ち上がっていた。こういった現象は、噴火の予兆でもある。


「うーん。これは……私は詳しいこと分からないけれども、噴火警報を出した方がいいのかしら?」


 愛理の側にいた地質学の教授が顔をしかめて逡巡した後、「警報出した方が良さそうです。それもレベル4を」と進言する。


「分かりました。では、至急そのようにして下さい。あと麓のフンザン温泉街の人達にも注意を促して下さい。場合によっては、避難することになる、と」

「了解しました」


 教授は頷き、県職員と協議を始めた。2,3分話し合った後、火口を離れることになった。


「知事。これ以上ここにいては危険です。我々も急いで退避しましょう」

「ええ、そうね」


 愛理は県職員に促され、下山しようと石だらけの斜面を一歩下ろうとした。――と、前方から他の職員の声が聞こえてくる。


「こ、コラ。なんだい、君達は。今、火口から半径5km以内が立ち入り禁止区域になっているは分かっているだろ? ちゃんと入山禁止の警告の立て札も立っていたはずだ」

「んなことは分かってんだよ。いいからどけって」と少女の声。

 その声は、愛理にも聞き覚えのあるものであった。

 職員達を押しのけ、サラマンディーが火口にやって来る。


「ちょ。サラマンディー? 何やってんだよ、危ないじゃないか」


 美砂がサラマンディーの前に立つ。


「お前等こそどけ。あたしはここに用があって来たんだよ」

「用ってなにさ?」

「そ、それはだなぁ……」


 サラマンディーは頬を赤らめ、そっぽを向く。


「それはですねぇ。この火口の守護神……といいますか、この火口にいる火の精霊は、サラマンディーのお爺ちゃんなのー」


 答えに窮しているサラマンディーの代わりに、ウエンディーが答える。


「え、と……つまり、今にもこの火山が噴火しそうなのって……ひょっとしてサラマンディーのお爺さんのせいなのかい?」


 美砂は目を白黒させる。


「ま、まぁ、端的に言うとそういうことだな、うん」


 サラマンディーは目を伏せた。


「ここのところ、人間達は……やれ魔道ネットだの魔道テレビだのってばかりで、自然を敬うことをしなくなったじゃないか……だから、爺ちゃんがむくれちゃって……『こうなったらひと暴れして、精霊の力を思い出させてやるぞい』って」


 サラマンディーは幾分恥ずかしそうに声にした。

 けれど、愛理は何となく、サラマンディーのお爺さんの言い分が分かった。


 この世界に来て、家主のカティアとか少し年配の人だと自然や精霊を敬っているが、若い世代――つまり、アリスティーファンクラブの皆など、そんなことは歯牙にもかけない。

 若い世代の人達は、魔道ネットやアイドルに走り、文明を享受しているだけで、自然や精霊に全く関心を示しさない。魔道ネットにしても、風の精霊の魔動力が元になっているというのに。


 危険を承知で、サラマンディーは周囲に巡らせてある立ち入り禁止ロープをくぐり、火口の前に立った。もっとも、彼女は火の精霊なので、例え溶岩に呑まれようが平気であるのだが。


「おい、じーさん。あたしだ。サラマンディーだ。世を拗ねて、火の精霊の力で火山を噴火させ、人々を驚かせようとするなんて止めてくれよ」

「おお。その声はサラマンディーか?」


 火口湖に一人の爺ちゃんが佇んでいた。火口湖とは、火口に水がたまってできた湖である。


「そうだよ。じーさんを止めに来たんだ」

「むむ……そうは言われても、ワシはすでに怒りでたぎっておる。噴火寸前じゃ。このたぎりが収まらぬ限り、噴火するのは避けられんぞ。若い人間共にワシは怒っておるのだ。精霊への敬意がたらん!」

「そうかよ。じゃあ、じーさんの怒りを収めればいいんだな。そしたら噴火は起きないんだな?」

「うむ……まぁ、そうじゃの」

「じゃあ、あたしらの歌を聴け。歌を聴いて、怒りを静めるんだ!」


 孫娘の言葉に暫し思案し、「……分かった。お主達の歌がわしの心に響けば、噴火するのを止めてやる」と爺さんは約束した。


 それを聞き、早速エレメンタリーズのメンバーは演奏の準備をする。サラマンディーが肩からギターケースを下げ、ギターを取り出す。シルフィーはベースを持った。

 地中からドラムセットが湧いて出た。どうやら、ノームが地の力を借り、自宅からドラムセットをこの地に運び寄せたようだ。


「いくぜ、じーさん! あたし達エレメンタリーズの魂のロックを聴けーーー!」


 ズドドドと腹に響くバスドラム。それに合わせての重たいベースの音がリズムを刻む。ギャギャギャと歪んだエレキギターの音色。

 パワフル。やはりエレメンタリーズの演奏はパワフルであった。

 ハートに響くサラマンディーのハスキーなボーカル。ディストーションの効いたパワーコードのギター。重低音のリズム隊。ノリノリのロックナンバーである。


 いつの間にか、愛理は足でリズムをとっていた。美砂と朋世はヘッドバンキングし、ノリノリで応援していた。

 地質学者も県職員も拳を振り上げ、エレメンタリーズが奏でるロックリズムにやんやの声援を送る。火口湖の水面上にいるサラマンディーのお爺ちゃんは、ヘンテコなダンスを踊り、ノリノリになっていた。


「どうだ、じいさん。あたしらの曲、最高だろ?」

「最高だー。ノリノリだー。あ、あああああ。もう出そうじゃ。興奮して、もう出そうじゃー!」


 サラマンディーは演奏を止め、訝しむ。


「出そうって何が?」

「ワシの……ワシの男汁が出そうじゃー! もう、ほとばしりそうなのじゃー!」

「ちょ。待て、ジジイ! お前の汁って、溶岩じゃねーか!」

「あ、あああ。で、出てしまうー! ワシの男汁がーーー!」


 そのやり取りを聞いていた一同の顔から血の気が引いた。このままでは、すぐにも火山が噴火し、灼熱の溶岩が放出されてしまう。そうなると、ここにいる全員があの世行きだ。火の精霊サラマンディーを除いて。


「ぎゃー! あたし達のロックがノリノリで、逆効果だったー! ジジイのハートに火をつけちまったー! このままじゃ男汁が出ちまう!」


 サラマンディは頭を抱え、絶叫した。

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