第18話 ライラ

 翌日。アリスティーのメンバーは、護衛と猟犬を引き連れ、アレス山に向かった。

 アンチスリープやアンチチャームの呪文を唱えられ、かつ、弓の得意な護衛とは、エルフである。そのエルフの護衛に、ミーシャ姉妹が選ばれた。

 猟犬はセントバーナードのカッシーナと、その仲間の犬であった。ライオンほどの巨躯を持つカッシーナは、頼りになりそうだが、ミーシャ姉妹は実に頼りなさそうだった。


 愛理は不安げな視線をミーシャに向ける。美砂も同様にミーシャを見詰めた。


「いやんなのです。美砂おねぇ様から、そんな熱い視線を向けられると、ミーシャは感じてしまうのです」


 ミーシャはハァハァと熱い吐息を吐く。


「いや、熱い視線とかじゃなく、不安なだけだから。あと、本当に、お前が唱えたアンチチャームの呪文は効いているんだろうな? それと、弓の腕は確かなのか?」

「やや。美砂おねぇ様はミーシャの実力を疑っているのでありますか?」

「うん、どう考えても疑うだろ。ミーシャは演奏は一流だけど、弓の腕とかどうにも頼りなさそうだよ」

「キー。いくらおねぇ様の言葉でも、捨て置けませんのです。こうなったら、ミーシャの実力を見せてやるのですよ」


 ミーシャは辺りを見回し、弓を構える。20mほど先に、林檎の木があった。


「おねぇ様。あの林檎の実を矢で貫いてみせます。いざ、刮目なのです」


 ギリリと弓をしならせ、矢を放つミーシャ。矢は一直線に飛んでいき、林檎の実に突き刺さった。


「す、スゴい! スゴいよ、ミーシャ。前言を撤回させてくれ。お前の弓の腕は大した実力だよ!」


 美砂はミーシャの頭を撫でくりまわした。


 実のところ、ミーシャが狙った林檎の実は、その隣のものであった。文字通り、まぐれ当たり。まぁ結果オーライにしておこうと、ミーシャは心の中に潜ませることにした。


 そんなこんなで、アリスティーのパーティーは、アレス山に足を踏み入れる。

 そのまま山道を登っていくと、上空で鳥が旋回していた。――いや、正確には鳥ではなく、ハーピーであった。ハーピーは鋭い鉤爪を振りかざしながら、愛理の頭上に舞い降りてきる。


 カッシーナが吠え、飛びかかると、ハーピーは驚き、再び空に舞い上がった。ミーシャ姉妹も弓をハーピーに向ける。


「そこの人間共、如何なる用件で、このアレス山に来たのだ?」


 ハーピーの呼びかけに、愛理は応える。


「私は村長の代理人です。話し合いに来ました。貴方達の長に会わせて下さい」


 上空にいる二羽のハーピーは、ぼそぼそと相談し始めた。

 暫く時が過ぎてから「いいだろう。着いてきな」とハーピーは告げ、愛理達を案内するよう低空飛行で先行した。アリスティーのパーティーは、ハーピーの後についていく。


 厳しい山道を更に登っていき、岩肌が見えている山の斜面がある所で、一行は足を止めた。

 愛理達を案内したハーピーは、頂上へと飛んでいき、山の斜面にある洞穴へと入っていく。暫くしてから、一羽のハーピーが洞穴から出てきて、滑空し、愛理の元へと舞い降りた。


「お前が村長の代理人なのか?」


 ハーピーの長が問う。


「そうです、私は杉野愛理と申します」


 愛理は頭を下げた。


「アタシは、アレス山のハーピーの長、ライラよ。話があるって何?」


 ライラは鋭い目付きで愛理を見た。


「あの……旅人を襲うのを止めてもらえないでしょうか?」

「それは聞けない話だね。そっちが私達の縄張りを荒らしたんでしょうが」


 愛理はきょとんとしてから、話し出す。


「縄張りを荒らした? それはどういうことなのでしょうか?」

「アンタ等人間共が、アレス山を『開発』するとか御託を並べて、山を荒らしているでしょうが。お陰で、巣が壊され、雛だった坊や達が……」


 ライラは憎しみ視線を愛理にぶつける。

 愛理には、この話は初耳だった。いずれにせよ、無秩序に山を開拓し、その結果、ハーピーの巣を壊してまうなど言語道断だと思う。


「アンタ達人間が、山を開拓する限り、こっちも譲る気はないからね」

「分かりました。この件は村に帰って、よく精査し結論出します。明日までに、ならべくよい返事を出したいと思っています」


 愛理はライラの視線を真っ直ぐに見詰め返す。


「フン、どうだかね」


 ライラはぶっきらぼうに言い放ち、話し合いはこれで終わりだと決めつけ、洞穴に戻ろうとした。

 その背中に、愛理は声を掛ける。


「あの。ちょっと待って下さい。別の用事があるのですが」

「別件だって? なんだい、言ってみな」


 愛理は戸惑い、俯いてしまう。しかし、意を決し、顔を上げた。


「私達に、歌を。歌を教えて頂けないでしょうか?」


 愛理の言葉に、きょとんとするライラ。人間がハーピーから歌を学びたいなどいう話は前代未聞だ。彼女は高らかに笑った。可笑しくてしょうがないと感じだ。


「な、何が可笑しいのですか?」


 愛理は眉を吊り上げる。その顔は真剣そのものであった。

 その表情を見て、ライラは笑うのを止め、真っ直ぐに愛理の目を見詰めた。その瞳には一点の曇りもない。


「……お嬢ちゃん。アタシの歌、聞いてみるかい?」

「是非」


 ライラは艶やかな唇を動かし、歌い始めた。

 その美しい歌声は、どこかこの世のものではないような不思議と引きつけられるものがあった。優雅であり、繊細であり、それでいて、盛り上がる所は、大胆に歌い上げる。


 愛理はその豊潤で艶のある歌声に、うっとりと目を閉じてしまった。美砂も朋世もうっとりとしていた。


(なんて歌声なの。確かに、これは凄いわ。もし、アンチチャームの呪文が効いていなかったら、うっとりとしたまま魅了されてしまっていたわ)

 愛理はそう思った。


 1曲歌い終え、ライラはゆっくりと口を閉じる。そして、「どうだった?」と質した。

「凄かったです……」


 愛理は顔を蒸気させ、唇を動す。

「ウン、凄かった。そうとしか言いようがないよ。まったく、なんて歌声なんだい」

「うっとりしてしまったニャー」


 美砂と朋世も感じ入っていた。


 ライラは「それじゃ、いい返事を待っているぜ」と言い残し、飛び去っていった。

 その姿を見届けてから、愛理達は下山することにした。

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