第17話 ボイストレーナー

 ミーシャの加入で、ピアノ演奏者の問題は解決した。だが、まだ問題があった。

 バンドは最低でも、ギター、ベース、ドラムの3人のプレーヤーが必要だ。ミーシャ一人のピアノだけでは、どうしようもない。


 だが、それは杞憂であった。何とミーシャは五人姉妹で、全員が楽器を弾けたのだ。ギター、ベース、ドラム、ピアノ、キーボード。どれも一流の奏者であった。

 こうして、アリスティーのバックバンドの問題は一気に解決したのだ。


 愛理は日本で作曲してくれた錦野を想い、複雑な心境にあった。正直、錦野以外の人に、アリスティーの作曲をして欲しくなかったのだが、ここは日本ではなく異世界である。無い物ねだりをしても、一歩も前進しない。


 それに、ミーシャの演奏能力と、作曲能力にも惚れ込んでしまったのも事実である。

 結果、愛理はミーシャにお願いをして、バンドメンバーになってもらった。

 ミーシャ姉妹の演奏は一流であり、アリスティーの歌のレベルより断然上であった。


 それに負けまいとアリスティーは、ボーカルレッスンにより精進した。それでも、まだ足りないと愛理は思った。事実、ボーカルレッスンを指導してくれる先生がいない。心の底からボイストレーナーを欲していた。


 これに関しては親衛隊の面々に相談しても、良いアイディアは出ず、ボイストレーナーの知り合いもいなかった。


 どうしたものかと愛理はティースプーンで、カップの中のコーヒーをかき回す。

 すると、向かいに座る現ノイック村の村長が、「大丈夫ですか?」と尋ねてきた。

 彼女は「ストックス」というアイドルグループのリーダーであった。実力はあるのだが、これまで村長にはなれなかった。それというのも、あの冷酷無比なコロネッツ姉妹が、彼女に村長選挙フェスに出ないよう、脅していたからである。


 愛理は村長になってから、「ストックス」のリーダーを副村長に抜擢した。副村長の政治手腕は、確かなものであり、政治などに不慣れだった愛理をよくサポートしてくれた。

 お陰で、アリスティーが市長になり、村長を辞することになっても、安心して彼女に村長の座を託すことが出来たのである。


「あっ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていて」


 愛理は何でもないといった風に手を振った。


「それで、相談事って何かしら? 市にきた嘆願書だけじゃ分からなくて」


 愛理は村長室にあるソファーに腰をかける。


「いや、実はですね……ハーピーの被害が本当に深刻でして。村だけではとても対応できなくて、是非、市の方でも動いて貰いたいと思いまして」

 村長は恐縮しながら言葉を発するが、やはり愛理にはピンとこなかった。


「そもそも、そのハーピーっていうのは何かしら?」

「ハーピーというのは、半獣人でして。上半身が翼を持った人間で、下半身が鳥の」


 そこで、愛理は「ああ成る程」と思い出す。彼女が慣れしたんでいた、MMORPGのゲームに、ハーピーというモンスターいることを思いだしたからだ。

 ハーピーは歌を歌い、その歌声で旅人を魅了したり、睡眠状態にしたりするのだ。そうしてから、旅人を襲ったりする。


「嘆願書によると、ハーピーがアレス山に巣くっていて、山道を通りかかる旅人に襲いかかっているみたいね?」

「その通りです、杉野市長。山道を通れないお陰で、アレス町方面からの観光客の客足が途絶えてしまって。お陰で、ノイック村は大打撃ですよ。そこで、市の方からも討伐隊を出して貰えないかと思いまして」


 杉野というのは愛理の姓である。フルネームで杉野愛理だ。


「でも、嘆願書を見ると、ハーピーが旅人を襲うようになったのは、今年に入ってからよね? 一体、どうしたのかしら?」

「その辺の理由は分かりません。ですが、被害が出ている以上、ハーピーをどうにかしなければいけません」

「でも、アンチスリープやアンチチャームの呪文を唱えれば、ハーピーに対抗できるんじゃないの?」

「皆が皆、アンチスリープの呪文を唱えられる訳じゃありません。山越えをするため、いちいち呪文を唱えられる人を雇って、キャラバン隊を組んでいたのでは、割に合いませんから」

「うーん。確かにそうよね……」


 愛理は神妙な顔をする。


「やはり、この際、ハーピーを討伐すべきなのです」


 愛理は村長の言葉に、どうしたものかと暫し思案する。

 そこで思い付いた。いっそのこと、歌声で人々を魅了するハーピーに、歌を教えてもらってはどうかと考えついたのだ。


 その事を村長に告げると、「とんでもありません。危険すぎます」との返答。

 それでも、愛理は忠告を無視し、ハーピーに歌を教わるため、会うことにした。危険な賭けであるが、アリスティーの歌をレベルアップさせるには、この手段しかないと考えたのだ。


 村長は、愛理がどうしても譲らないので、「じゃあ、一度だけ、ハーピーの長と話し合いをしましょう」と妥協案を出した。


 話し合いの結果、ハーピーに攻撃され、アリスティーのメンバーに被害が出ないよう、アンチチャームの呪文を唱えられる人と、弓さばきのよいエルフの護衛がつくことになった。念を入れ、数頭の猟犬も連れて行くことも決まった。


 村長から、「もし、ハーピーの長との話し合いがこじれたら、すぐに逃げて下さい」と念を押される。

 愛理は明日、アレス山に入り、ハーピーの長と会うことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます