第13話 ダンスレッスン

 愛理は焦っていた。このままじゃ、アリスティーはエレメンタリーズに勝てない。1ヶ月後の知事選で、アリスティーは膝を屈することになる。

 それを避けるため、必死にダンスの訓練を繰り返していた。エレメンタリーズに対抗するには、アリスティーもステージパフォーマンスを研ぎ澄ますしかないと彼女は考えていたのだ。


 カティアのオーディオのスピーカーから流れるアリスティーの楽曲に合わせ、何回も繰り返し、踊り続ける。


「ダメダメ。美砂、ワンテンポ遅れてる。何回言えば、分かるのよ? もう一回、Bパートから」


 愛理はキツい口調。いつもの彼女なら、厳しいレッスンはしても、このような物言いはしない。彼女は「負けるかもしれない」という焦燥感から、余裕をなくしていたのだ。


「何だよ、リーダー。言ってる自分だって、ポジションがずれるじゃないか。なぁ、朋世」


 いきなり美砂からフラれ、朋世は「ふぇ?」と、口にしてから、「まぁ、朋世が見るに、愛理先輩も美砂っち先輩も悪くはないと思いますよー。それに、ちょっとしたアラを指摘していったら、キリがないニャ」と、付け加えた。


 朋世はアリスティーの中で一番ダンスが上手く、振り付けも彼女が担当していた。その彼女が「悪くない」と言っている。実際のところ、三人のダンスに目立って悪いところはない。むしろ、ダンスのキレはあるし、振り付けだっていい。あとは、ちょっとしたテンポの遅れだとか、立ち位置のずれとかの細かい微調整をしていけばいいだけのことだ。


 それだけでは、納得のいかなかい愛理。より完璧に、完全なダンスを披露することで、どうにかエレメンタリーズに近づけると思っていたからだ。


「今回はエレメンタリーズが相手なのよ! 私達が完璧なダンスをしなきゃ、勝てる相手じゃないわ! ちょっとのミスも許されないのよ!」


 愛理はついつい怒鳴ってしまった。


「なんだよ、それ? 昨日、出来たばかりの新しい振り付けじゃないか。それを一日でここまで出来るようになったのに、厳しいことばかり言ってさ」

 美砂はぎゅっと手を握りしめ、「リーダー。ちょっと余裕がなさ過ぎるんじゃないの?」と口にした。


 図星をつかれ、愛理はハッとする。そして、やや項垂れながら「10分休憩。それから、また始めましょう」と力なく口にした。


「なんだい、なんだい。アンタ達、うるさくて眠れやしないよ。いくら土曜の晩だからって、騒がしくしないでおくれ」


 そう口にしながら、カティアは自分の寝室から出てきた。


「あっ、カティアさん。どうも済みません。でも、どうしても完全な振り付けをしたくて……あと一時間だけでいいですから、大目に見て貰えないでしょうか?」


 愛理は懇願する。


「ドタバタうるさいと思ったら、ダンスの練習をしていたのかい」

「ええ、そうなんです」


 カティアは一瞬、視線をあらぬ方に外してから、愛理に向き直り、「ちょっと踊ってみなよ」と言った。


 愛理は頷き、美砂と朋世に目配せをしてから、スマホの再生ボタンをタップする。すると、スピーカーからアリスティーの楽曲が流れてきた。

 音に合わせ、歌を唄いながら、必死に踊る三人。その様をカティアは鋭い視線で見詰めた。

 彼女は、元踊り手であった。クラッシックバレエのような――この世界では、クラシカル・レイバーという踊りを得意としていた。

 いくつかのコンクールでも優勝しているほどの腕の持ち主で、踊りに関しては常に辛口の採点をする。


 曲が終わり、リビングの真ん中あたりで、三人は最後のポーズを決める。

 カティアの目には、色々とアラが写った。ハッキリ言って、レイバーという踊りを長年していきた彼女の審美眼に叶うようなダンスではなかった。

 それでも、彼女はぱらぱらと手を叩く。彼女からしてみたら、アリスティーのダンスの点数は、60点くらいである。

 しかし、愛理達のひたむきさと情熱にほだされ、手を叩いたのだ。


「フン。細かいズレがあったりしたけど、まぁまぁといったところだね。もっとも、わたしゃ、クラシカル・レイバー専門で、ポップスのダンスのことは、門外漢だけどね」

「ありがとうございます、カティアさん。でも、『まぁまぁ』じゃ駄目なんです。相手はあのエレメンタリーズなんです。完璧なダンスで対抗しなきゃ、駄目なんです」


 カティアは愛理の言葉に、やれやれと首を振る。愛理の目には焦りの色が伺え、張り詰めた風船のように見えた。

 ちょっと力を加えただけで、破裂してしまうような危うさをカティアは感じ取った。


「やれやれ。随分と切羽詰まっているみたいだね。踊りに頑張るのは、まぁ、いいとしよう。けど、アリスティーってなんだい? 踊りだけなのかい?」


 問い掛けに、まだ愛理は要領をえず、小首を傾げる。


「原点を見詰めるんだよ、愛理。原点をね」


 その言葉に、愛理はハッと息を呑む。


「そ、そうか……私はエレメンタリーズのステージパフォーマンスを見て、どうにかそれに対抗しなきゃと思い込んでしまい、ダンスに入れ込んでいた。でも、それは違うんだ!」

「そうだよ、愛理。相手が得意な土俵で競っても駄目なんだよ。エレメンタリーズのステージパフォーマンスに、踊りだけで対抗しようとしても駄目なんだ」

 カティアはそこで一拍置き、「じゃあ、どうしたらいい?」と質した。


 カティアの問いに、答えを見いだす愛理。そこには、一縷の望みが託されていた。


「そうだ、歌よ! 私達には歌があるじゃない!」

「その通りですニャ。私達アリスティーには歌という強力な武器があるのです」

「そうだよ、リーダー。相手の得意なところで勝負するんじゃないんだ。ボク達は歌で! 唄うのを精一杯頑張ればいいだよ!」


 美砂と朋世も得心し、声にする。

 アリスティーは、エレメンタリーズの卓越したステージパフォーマンスに対抗する術を見いだしたのだ。

 そして、愛理はさらに先のことを思案する。いっそのこと、新曲をぶつけてやろうと考えたのだ。

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