第12話 エレメンタリーズ

 アリスティーのメンバーは県民スタジアムにいた。普段はここで、サッカーとラクビーのあいの子の様な競技「サカビー」が行われている。トレビック国――いや、このユーラカンス大陸で、一番メジャーなスポーツ競技。


 エレメンタリーズのライブは、すでに満員札止めとなっていた。スタンドだけでなく、グランドまでも解放し、人がぎっしりと埋まっている。グランドのど真ん中に、ステージがあった。


 スタンドにいるだけで、周りの熱気の渦に、引き込まれていきそうだと愛理は実感した。


「なぁに、こんくらいの観客。た、大したことないじゃないか。アリスティーだって、このくらい動員できらぁ!」


 美砂は顔を強張らせつつ、強気な言葉を吐いた。


「そうね……」


 愛理は一応同意しながら考える。


 市長選挙フェスでは、3千人動員したのは確かだ。だが、それはあくまでも、選挙フェスだから、大勢の市民が集まったのであって、アリスティーが単独で動員した訳ではない。


 愛理はそこから更に一歩踏み込んで考える。


 カザック市の人口は6万人ほど。楽観的に見積もって、その内の5%ほどがアリスティーのライブに来たとしても、3千人。

 つまり、良くても3千人ほどしか、今のアリスティーは動員する力がない。


 確かに、アリスティーのファンクラブは着々と人数を増やしている。それでも、そのメンバーは500人程度であった。とてもではないが、現状のアリスティーでは、2万人のスタジアムを満席することなど到底不可能。


 それでも、と愛理は思う。


 あの秋葉原のイベントスペースにはたった5人のファンしか集まってくれなかった。ライブが終わり、駅前まで歩く足取りは重かった。惨めな気持ちだった。


 あの頃よりは、着実に自分達は――アリスティーは進歩しているのだと、愛理は思わずにいられなかった。


 そんな事を逡巡していると、わーと観客が沸き立った。ステージ上にエレメンタリーズのメンバーが姿を現したからである。

 アリスティーの三人もステージに目を向ける。


「皆ー、エレメンタリーズのライブ、楽しんでいってね!」


 シルフィーがスタンドに向かい、マイクを突き出す。


「イエーーーー!」と観客達から大声が湧き起こる。


「『森の囁き、水の囁き』聞いて下さい」


 ウェンディーがおしとやかな声を出す。


「いくぜ! スリー、ツー、ワン、ゴー!」


 知事アイドルのサラマンディーがカウントし、手にしていたギターをかき鳴らす。そうしてエレメンタリーズのライブが開幕した。


 ステージの天井から紙吹雪が舞い降り、シルフィーが息を吹き出すと、紙吹雪がくるくると円を描きながら、宙を舞った。その紙吹雪は、ステージの上に落ちなかった。


 サラマンディーが指差すと、ステージの前面に揃えてあった4本の柱から、勢いよく炎が吹き出す。ウェンディーが手をかざすと、ステージの横から、噴水があるかの如く水柱が出来た。ノームが念を込めると、スタジアムが揺れた。

 その縦揺れにのって、エレメンタリーズのファンは「おい! おい! おい!」と合いの手を入れる。


 そもそも、なぜこのように派手なステージパフォーマンスが出来るかというと、それはエレメンタリーズのメンバーが精霊だったからだ。


 風の精霊シルフィーが風を呼び、火の精霊サラマンディーが火を意のままに操り、水の精霊ウェンディーが水を呼び起こし、土の精霊ノームが地面を揺らし、スタジアムまでも揺らした。


 エレメンタリーズのライブは圧巻であった。歌のライブと、大仕掛けなマジックショーが合体しているようであり、それらは破綻することなく上手く融合している。


 観客がこれだけ熱狂するのも道理であると、愛理は思った。とてもではないが、アリスティーのステージパフォーマンスでは敵わない。ここまでオーディエンスを熱狂させることが出来ないことを実感した。


 エレメンタリーズは、持ち歌13曲歌い終わり、ライブを閉めた。熱狂の80分間はあっという間に過ぎた。


 彼女達のステージパフォーマンスだけではなく、MCトークも面白かった。ウェンディーがボケをかますと、サラマンディーがツッコむ。それがことさら、オーディエンスにウケていた。


「負けたわ……」


 愛理は下を見て、悔しそうに唇を噛む。


「ちょ、ちょっと。何言っているんだい、リーダー。そりゃあさ、奴らのステージパフォーマンスは凄かったけど、それが何だっていうんだい? 歌詞も曲も歌唱力もダンスも、ボク達の方が断然上だよ!」


 美砂は食ってかかった。そして、その通りだと愛理は思う。


 けれど、実際はそうではない部分もある。歌唱力とダンスだけが、観客から評価されると思ったら、それは大きな間違い。オーディエンスを大いに盛り上げるMCとステージパフォーマンスも強力な武器。

 ステージパフォーマンスでの観客の乗せ方。エレメンタリーズはそれを熟知している強敵なのだ。


「確かに、美砂の言うとおりなのだけれど……」


 愛理はそこで言葉を切り、ステージを見上げる。

 そして、「知事選のフェス……私達、アリスティーの立候補はなしにしましょう」と口にし、己の手の平に爪を食い込ませた。


「知事選に出ないだって?! じゃあ、何かい、リーダー? ボク達アリスティーは、エレメンタリーズに勝てないって言うのかい?」


 愛理はその問いには答えず、唇を固く結び、悔しそうにステージの上にいるエレメンタリーズを見詰めた。


 その視線を敏感に感じ取ったサラマンディーは、余裕綽々といった態度で、マイクを握る。


「おやおや。そこにいるのはアリスティーじゃないか? アタシ達のパフォーマンスは楽しんでくれたかい?」


 勝ち気な愛理にしては珍しく、サラマンディーと合っていた視線を逸らした。


「みんなー。聞いてくれるかなぁー。ここにいるアリスティーは、来月の県知事選挙に参加するそうだぜー」


 サラマンディーは声高らかに宣言した。

 スタンドにいるエレメンタリーズのファンは口々に言葉を発する。


「アリスティーだって? お前、聞いたことある?」

「僕は知ってるよ。最近、めきめき頭角を現しているアイドルグループだ」

「お、そうなのか? それじゃ、アリスティーとエレメンタリーズが対決することになるな。フレッシュな新人か、現職の知事が勝つか、面白い知事選になりそうだ」

「まぁ、そうは言っても、エレメンタリーズの圧勝だろうけどな」

「当然当然。このトラサル県で、エレメンタリーズに勝てるアイドルなんていやしないよ」


 エレメンタリーズのファンの言葉が、愛理の耳にも入ってくる。それは屈辱的でもあった。だが、ファンの勝手な言い分は当たっている。今のアリスティーでは、エレメンタリーズに勝てない。


「いえ、私達は知事選フェスには――」


 愛理がそこまで言いかけたところで、隣にいる美砂が大声を出した。


「アリスティーは知事選フェスに出るよ! 勝負だ、エレメンタリーズ!」

「お? 出るのか。そんじゃ、アタシも知事選フェス楽しみにしているぜ!」


 サラマンディーは不敵な笑顔を見せた。それは自分達が持つステージパフォーマンスでの絶対的自信から来る笑み。


「ちょ、何を言っているの、美砂?! 勝手に言ってしまって」

「だって、リーダー……あんなことサラマンディーに言われて、フェスに出ないなんて言ったら、格好がつかないじゃないか」


 美砂の言葉にクラッときた。「いえ、私達は県知事選挙に出場しません」と愛理はよっぽど言いたかった。取り消せるものなら、取り消したい。

 しかし、会場の雰囲気がそうはさせなかった。すでに、ここにいる大勢のオーディエンスは、アリスティーとエレメンタリーズの対決を待ち望んでいる。

 そんな中で、「やっぱり、フェスに出ません」などと、愛理は言葉に出来なかった。

 最早、前言撤回するような雰囲気ではなかったからだ。

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