第10話 コズミック・ハーモニー

「聞くがいい、愚民共」

「『カボチャ日和』いきますわよー。愚民共、アゲていきゃなきゃ承知しないからね!」


 コロネッツ妹が叫ぶと、バックバンドが演奏を始めた。イントロのメロは悪くない。

 これは厳しい戦いになりそうだと、愛理は思った。


 ――が、それは脆くも崩れ去った。他ではない、コロネッツ自身の歌声によって。


 ♪ボー ボヘヘー ボホー ボー


 コロネッツの怪音波のような歌声が広場に響く。ハッキリと断言しよう。コロネッツは音痴であると。これはジャイ○ンのリサイタルなのかと、愛理は耳を疑った。


 ♪嗚呼、今日もいいお天気~ かかしさんが突っ立ているよ~ Oh! 今日もカボチャ日和だね~(カボチャ、カボチャ、ドテカボチャ(バックコーラス)


 歌詞もこれまた酷かった。殆どコミックソングである。

 朋世はツボにはまったらしく、ゲラゲラと大爆笑。


「ねぇねぇ、美砂っち先輩。これ、アリスティーの持ち歌にしないかニャ?」

「ちょ。冗談じゃないよ、朋世。この歌詞じゃ、ボク達、コミックバンドになっちゃうよ」


 美砂はマジギレして、額に青筋を立てた。


 とにもかくにも、コロネッツの音痴っぷりは酷かった。広場では、泡を吹き老婆がぶっ倒れ、大騒ぎになった。とうとうコロネッツの壊滅的な歌声に犠牲者が出てしまった。


 間奏に入り、コロネッツはマイクから口を離し、喋り始める。


「ククク。効いてる、効いてますわ。見まして? アリスティーの無様な姿を」

「そうですわね、おねぇ様。奴等、私達コロネッツの美声に震え上がっていますわ!」


 ボソボソと喋っている間に間奏が終わり、再び姉妹はマイクに向かいシャウトした。


 音は割れ、より酷い歌声が広場を襲う。これは歌というより、殺人兵器と言い直してもよい。


 そうして演奏が終わり、手を振るコロネッツ。広場は終始水を打ったように静かだった。


「ククク。愚民共め。コロネッツの美声に驚いて、声も出せないようですわ」

「そうですね、おねぇ様。きっと感動のあまり、奴等腰を抜かしているのよ」


 妹の言はある意味正しかった。広場にいる400名ほどの村民は、例外なく腰を抜かしていたのだ。コロネッツのあまりの音痴アンド下手くそさに。

 慄然としている村民を一瞥し、コロネッツはステージを降りた。


 その反対側のステージの袖に、アリスティーのメンバーは集結し、円陣を組んだ。


「いくわよ! ゴー! アリスティー、ゴー!」


 愛理はありったけの声で叫ぶ。


「ゴー! アリスティー、ゴー!」


 美砂と朋世も声を重ねた。


 ステージに上がると、アンドレが率いる村の青年達で結成されたアリスティー親衛隊の張り切る姿が見えた。

 パン屋に来た青年達は、一様に愛理達に一目惚れしていたのだ。マリーのパン屋に黒髪の美人がいるとの噂は、一夜にして広まった。

 そこで、アンドレが音頭を取り、アリスティーの親衛隊が結成されたのだ。


 彼等は背中に「アリスティー」と書かれたお揃いの法被を着ていて、サイリウムを振っていた。もっとも、この異世界にはサイリウムなどのケミカルライトはなく、ただの木の棒に魔法をかけ、赤、緑、黄色に発光させているだけなのだが。


 50名ほどの親衛隊の姿を見て、愛理はジンときていた。日本で望んでも望んでも、決して叶わなかったファンが一杯いる光景が目の前にあったから。


「私達の歌、聞いて下さい。一生懸命歌います!」

「『コズミック ハーモニー』いくよ、皆!」

「ゴー! アリスティー、ゴーですニャ!」


 愛理、美砂、朋世。それぞれが口にすると、アップテンポで軽やかなダンスナンバーのイントロが広場に広がる。


「けっ。どうせコイツらも超絶音痴なんだろ」


 広場にいるおじさんが毒づいた。が、それは数秒後に、間違いであると認識させられることになった。


 イントロが終わり、センターの愛理の高い歌声が広場に響く。それは煌めくような声であった。


 斜に構え、つまらなそうに煙草を吹かしていたおじさんが「あちち」と声を上げた。吸っていた煙草がいつの間にか短くなり、彼の指を焦がした。煙草をもみ消すのを忘れるほど、彼は愛理の歌声に夢中になっていたのだ。


 愛理のハイトーンボイスに、美砂の声がハモり、美しい旋律を奏でた。そこに、朋世の歌声が、美砂とユニゾンになり、素晴らしい一体感を醸し出す。


 Aパートが終わり、演奏は転調し、三人が歌うメロディーは少し物悲しくなっていく。

 そこからサビに繋がり、爆発するように一気に曲が盛り上がる。


 親衛隊は「うおおおおおおおおおおおおお!」と歓声を上げた後、頭の上で手拍子をして、右や左に回転ジャンプをした。どうやらこの世界にもオタ芸が存在しているようだ。


 親衛隊の声援に引きずられるように、広場はヒートアップしていく。関心なさそうにみていたおばさんはリズムに合わせ身体を揺らし、初めは興味のなさそうに見ていたおじさんまでも指笛を鳴らした。


 ステージ上では、間奏に入り、朋世が先頭に立ち、華麗なステップを見せる。三人とも一糸乱れぬダンスを披露した。

 この様なダンスパフォーマンスを初めて目の当たりにした観客は総立ちになり、拍手喝采を送る。

 広場の熱はどんどん増していく。灼熱だ。


 2番目のサビになると、アリスティーの歌声に合わせ、「ハイハイハイ!」と客席から大合唱が起こった。ステージと広場は完全に一体になったのだ。


 ポカンと口を開けステージを見ていたコロネッツであったが、アリスティーのパフォーマンスと圧倒的な広場の一体感に、負けを悟り、こそこそと広場から出て行ってしまった。


 ♪きらめいていくよー コズミックハーモニー。

 ♪君に届けばいいな コズミックハーモニー。


 最後のパートを歌い終え、愛理は広場を見渡す。

 夢中になって歌っていたので、気付かなかったが、広場は得も言われぬ一体感があった。熱気は猛烈な熱波となり、彼女に襲いかかっていた。


 親衛隊の応援だけじゃない。広場にいる400人が皆、アリスティーを精一杯応援した。その光景に、愛理は感動する。

 演奏が終わると、広場はドオオオオオオと湧いた。


「皆……本当に、本当にありがとう!」


 愛理は声を詰まらせつつも、大声を出した。


 そして、愛理、美砂、朋世の三人はお互いに肩を組んだ。心の底から沸き上がる達成感と、熱い声援を送ってくれたファンに対しての感謝の気持ちで三人の胸は一杯になっていた。

 そして、三人はステージの袖に消えた。


 親衛隊のアンドレとジャックは感激のあまり、お互いに抱き合っていた。

 いつも渋面をぶら下げているカティアは、珍しく目尻を下げ頷いた。クラシカル以外の曲も悪くないと、彼女は思っていた。

 マリーはステージが終わっても、声の限り、アリスティーのメンバーの名を呼んでいた。


 まだ、広場にステージの熱がくすぶる中、村長選挙が行われた。広場にいる皆々が、投票箱に、アイドル名を書き込んだ投票用紙を投げ入れていく。


 通常であれば、選挙は魔道ネットを通し、リアルタイムで開票されていくのだが、村長選挙のような小規模自治体では、投票箱が置かれていることもままあった。


 広場にいる全員が投票を終え、早速、投票箱が開かれる。その様子を愛理は固唾を呑んで見守った。


 投票の集計をするまでもなかった。コロネッツの投票箱に投じられた票は、たったの10票だけだったからだ。その他の約390票は、アリスティーに投じられたのだ。

 結果、アリスティーは新村長に任命された。


 そして、誰からともなく「アンコール」との声が上がった。たちまちその声は広場に伝播し、アンコールの大合唱が起きた。


 愛理はその圧倒的声援にやや面食らいながらも、美砂を見る。


「行こうよ、リーダー!」


 美砂は愛理の手を引いた。


「行くですニャ。アリスティー、ゴーです」


 朋世は愛理にとびきりの笑顔を見せた。


 アリスティーのメンバーは、再びステージへと続く階段を登った。


 三人は皆の声援に、胸を焦がしながら、ステージの袖から再び姿を現した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます