第144話 楽しかったひととき

 昨日までの数日はとても素敵な時間だった。いつものように学園で仲良しの男の子たちとお昼を食べてたら、お茶会の帰りにお城で声をかけてきた薄茶色の髪のイケメン貴族の姿が見えた。

 なぜ王宮で会った彼が学園にいるのかしらと思ったけど、きっと私をお茶に誘いに来たに違いない。

 真っ直ぐに私の方へ近付いてくる男性の姿を見てチラッと周りにいる男子学生たちを見比べる。あの大人の男性と比べると学園の男の子たちが子供っぽく見えてしまう。

 

「ユリア嬢、貴女に会いたくてこんな所まで着てしまいました」


 目の前で歩みを止めて貴族の礼と蠱惑的な笑みを浮かべてみせた彼――フリッツの言葉に胸がときめいて、シュレマー公爵邸への招待に一も二もなく頷いた。

 フリッツに伴われて向かった先は、さすが公爵邸といった感じの大きなお屋敷だった。

 公爵さまは男爵令嬢の私を丁重にもてなしてくれて。絢爛豪華なお部屋でフリッツと公爵さまと過ごした2日間はまるで夢のようだった。2人とも優しくってとても楽しかった。


(はぁ、またフリッツに会いたいわ……。学園で男の子たちに囲まれて過ごすのも悪くはないんだけど、彼に比べるとちょっと子どもっぽいのよね)


 フリッツは大人で色っぽくて魅力的だ。私のことをまるでお姫様のように扱ってくれるし、気が利くし。ゲームの攻略対象ではないけどときどき一緒に過ごすのも悪くない。でも……。


「あの綺麗な王子さまは一体誰だったのかしら。今までに見たことないくらいのイケメンだったわ……」


 あのとき――お城でフリッツが初めて声をかけてきたとき、颯爽と現れて私を助けようとしてくれた。

 透き通るような銀色の髪と少し寂し気なアメジストの瞳が印象的なイケメン――そう、まるでお姫様のピンチに駆けつける王子様のようだった。


「私がハッピーエンドを迎える相手があのイケメン王子だったらいいのに……。でも……」


 解せないのはあれほどの美男子なのにあの王子さまが『恋のスイーツパラダイス2』の攻略対象ではないということだ。わたしは『恋パラ2』のヒロインなのだから結ばれる相手は当然攻略対象者の中の誰かのはず……もしくは全員との逆ハーレムエンド。


「どこかで見たような気もするのよね、彼のこと……」


 あれほどの美形ならゲームに無関係なわけがない。もしかして別の乙女ゲームが混ざっていたりする?


「ううん、そんなはずないわ。他の攻略対象者もライバル令嬢も皆ゲームの登場人物だったし、イレギュラーなことなんて今までなかったもの。まああのお茶会はかなりのイレギュラーだったけど! 今思い出しても腹が立つ! うーん、恋パラ2、攻略対象……あ」


 恋パラ2からゲームを始めたけれど、興味本位で見たことのある前作のプロモーションビデオがふと頭をよぎる。


「そもそも恋パラ2って前作が絶大な人気を博したからこそ作られた続編なのよね。銀髪、寂し気なアメジストの瞳……そうよ! 彼は、あのイケメン王子は……」


 前作『恋のスイーツパラダイス』の攻略対象の中でも最も人気のあった、名前は確か……アルフォンス王太子だ。間違いない。

 ビデオであの美しい王子さまを見て、2をプレイし終わったら絶対に前作をプレイしようって決めていたのだ。残念ながらその前に事故で死んでしまったけど。


「隣国の王太子であるアルフォンスがなぜこの国にいるのか分からないけど、同じシリーズの攻略対象だし、きっと神さまが隠しキャラクターとして私のために用意してくれたのね。ってことは、彼は私のもの……。フフッ……そうと決まったら行くしかないわね! 折角可愛いヒロインに転生できたんだもの! 待っててね、私の王子さま!」


 なんだか大事なことを見落としている気がしたけどそんなことはあとでもいい。お城で見かけたときはお忍びという感じでもなかったし、アルフォンスは隣国の王太子だし、きっとお城に行けば会えるに違いない。

 私が学園でモテモテなのは相変わらずだけど、最近になって攻略対象と上手くいかなくなったてしまった。その原因はきっと私がアルフォンスルートに入ったからに違いない。

 そんなことを考えながら私はウキウキしながらお城へと向かった。

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