第122話 ヒロインでした

 ラルフさまの侍女のモニカと名乗る少女を見て、私は不安と驚きで胸がドキドキした。ただ似ているだけの偶然だろうか。でもどう見ても、目の前にいる少女の外見は、前世で嵌っていた乙女ゲーム『恋のスイーツパラダイス』のヒロインにそっくりなのだ。

 思い切って尋ねてみようか。でももし勘違いだったら、わけのわからない頭のおかしい子と思われるかもしれない。それでも確かめたい。

 もしここが乙女ゲームの世界なら、私はただのモブとして転生したのだろうか。鏡で自分の姿を見ても、私の外見と一致する登場人物が思い浮かばない。

 尋ねるべきかやめるべきか考えあぐねていると、何とモニカさんのほうから私に声をかけてきた。なんとなく芸能人に声をかけられた気分でドキドキする。だってあのゲームが大好きで、ヒロインを操作して三周はクリアしてるのだから。いつも王太子殿下のアルフォンスばかり攻略してたけど。


「あの、クリスさん。もし間違っていたらごめんなさい。私の姿に見覚えがあるの?」

「っ……! ええ、あの、あります。その、変なこと言ってると思うかもしれないけど、私前世の記憶があって……」

「ええっ!」


 私がどぎまぎしながら答えると、モニカさんが驚いて大きな声を上げてしまった。ビアンカさまたちの視線がこちらに注がれる。


「モニカ、どうしたの?」

「いえ、なんでもありません。クリスさんと話が盛り上がってしまって」

「そうだったの。仲良くなってよかったね」

「ええ、ありがとうございます。ラルフさま」


 モニカさんはラルフさまににこやかに答えたあと、私に向き直って小さな声で尋ねてきた。


「貴女も転生者なの? もしかして『恋パラ』の登場人物? いえ、それとも2のほうかしら……。うーん、でもどちらのゲームでも見覚えがないわ。でもどこかで会った気がするのよね」


 今前世の記憶にない言葉があった。2? 『恋パラ』の続編ということだろうか。というか、モニカさんも転生者だったのか。


「多分、その転生者で間違いないと思います。でも2って何ですか? 『恋パラ』に2があるんですか?」

「ええ、あるわよ。もしかして前世で亡くなった時期が違うのかもしれないわね。2はルーデンドルフ王国の隣国であるマインハイム王国が舞台となっているのよ」

「えっ……。ごめんなさい、私、崖から転落したらしくて、今世の記憶だけを失っているからはっきり分からないの。でもこの国の名前を聞いたときに聞き覚えがあったから気になっていたんだけど、『恋パラ』の舞台の隣国の名前だったのね……。マニアとしては迂闊だったわ」


 崖から転落していたという話は意識が回復したその日に聞いたので知ってはいるけど、転落した瞬間のことは当然ながら覚えていない。

 マインハイム王国という国名を聞いたときにどこかで聞いた覚えがあると思ったのは、『恋パラ』の中で少しだけ語られていたからだろう。隠しキャラルートには進まなかったから、すぐには思い出せなかった。


「フフッ、貴女もマニアなのね。私も前世で大好きだったの。だから最初に前世の記憶が蘇ったとき、大好きなゲームの主人公に転生できたと知って凄く嬉しかったわ」

「そう、ヒロインなんて羨ましいわ。私はただのモブみたい。……いえ、モブとしても見覚えがないわ。ゲームに出てこない一般人として転生したのかな」

「……その可能性はあるけど、その割には貴女の外見って美しすぎるのよね」

「やだ、ヒロインに褒められちゃった」


 私が嬉しくて照れ笑いすると、モニカさんが真顔で溜息を吐いた。


「別に褒めたわけじゃなくて……」

「それでどうしてモニカさんはルーデンドルフ王国じゃなくて、隣国のこの国にいるの?」

「それは……」


 モニカさんは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて、言葉を詰まらせた。そして大きな溜息を吐いたあとに話を続ける。


「本当に今となってはなぜあんなことをしてしまったのか、自分で自分が情けなくなるわ」

「……何かあったの?」

「私は謝っても済まないような罪を犯してしまったの。ラルフと出会う前の私は、外見至上主義だったのよ。私ってほら、可愛いでしょ?」

「え、ええ」

「可愛ければ何をしても許されると思っていたし、外見だけで男の子のことを好きになってたの。……今さら自分を取り繕おうなんて思わないから打ち明けるけど、破落戸をけしかけて王太子の婚約者候補のライバル令嬢を襲わせたのよね」

「ええっ!」


 それは酷い。今のモニカさんを見てるとそんな人とは思えないのに……。


「分かってるわ。私だって酷いことしたって思ってる。以前は「どうして私が断罪されなきゃいけないの」って思ってたけど、今ではアルさまにもルイーゼにも悪いことをしたって思ってるわ」

「ルイーゼ……」


 アルフォンスとルイーゼの名前を聞いて再び頭痛に襲われそうになる。頭の中でフワフワと形になりそうになったあと、パチンとそれが弾けるのだ。この場で頭痛で倒れるわけにはいかないので、頭を振って記憶のことから意識を逸らす。

 それにしてもヒロインも断罪されるのか……。モニカさんのやったことは確かに許されることではないけど、後悔をしているならやり直す機会くらいあってもいいと思う。


「……モニカさんはもう国には戻らないの?」

「それなんだけどね、アルさまに咎められたあと罰としてしばらくの間、私は見るに堪えない外見だったの。それで元の顔に戻れたときに帰ろうかと思ったんだけど……」


 モニカさんはそこで肩を竦めて溜息を吐いた。私はそんなモニカさんを見て思わず首を傾げる。断罪の内容は分からないけど、モニカさんの外見に問題がないならなぜ帰ろうと思わないのだろう。


「ラルフさまにお会いしたときは気付かなかったんだけど、ラルフさまの姉君のコリンナさま、それに今日お会いして確信したけど、貴女の主のビアンカさまは、2のヒロインのライバル令嬢なのよ……」

「ライバル令嬢……」


 やはりそうだったのだ。2の知識がなかったから確信は持てなかったけど、ビアンカさまに話を聞いて、婚約者との現状があまりに乙女ゲームっぽいと感じた。だからもしかしたらここが乙女ゲームの世界かもしれないと思ってはいたけれど、まさかあんなにやり込んだ『恋のスイーツパラダイス』の世界だとは想像もしなかった。


「もしかして王太子殿下の側にいるユリア・トイフェル男爵令嬢って……」

「ええ、2のヒロインよ」

「なんてこと……」


 なんということだろう。もしそうならビアンカさまが断罪されるかもしれない。あの優しいビアンカさまが……。そしてもしかしたらヴェルナー侯爵家にも何らかのお咎めがあるのかもしれない。そんなの放っておけるわけない。

 モニカさんはまるで私の考えが分かっているといったように、大きく頷いた。


「そういうこと。ラルフは勿論だけど、私はこのフォルツ伯爵家に返しきれないほどの大きな恩があるの。コリンナさまもとてもお優しくて、私はこの屋敷の誰も不幸にしたくないのよ。貴女も同じことを思ったんでしょう?」

「ええ。ユリアさんに恨みはないけど、どんなルートを辿るにしろ、それでライバル令嬢の家が不幸になるなら絶対に阻止したいわ」

「そうよね。だから私は国に帰らずになんとか2のヒロインのユリアの企みを阻止しようと思ってるのよ」

「企み……」

「ええ、そうよ。私は同じヒロインだったから分かるわ。王太子たちを虚言で誑かすなんてろくな女じゃないわ。絶対に邪魔してやるんだから」

「それは同類だか……」

「違うわよ! いえ、違わないか……。た、確かにユリアの考えていることは手に取るように分かるわ。でも今はそれが許されないことだって分かってるんだから! ヒロインなら堂々と魅力で勝負しなさいっての!」


 どの口が――と内心思ったけれど、口に出すのはやめておこう。以前のモニカさんは知らないけど、今の義憤に燃えているモニカさんのことは嫌いではない。

 私も気合を入れないとビアンカさまを守れないかもしれない。ユリアさんが何か企んでいるなら絶対に阻止してビアンカさまとヴェルナー侯爵家を救いたい。私はモニカさん同様、絶対にヴェルナー侯爵家の皆を不幸な目に合せたりはしないと強く決意した。




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