第112話 ニクラウスの告白(アルフォンス視点)
ルイーゼがいなくなった。午前の授業を終えたあと消息が掴めなくなった。自分の手足のように使える配下がいれば常に密かに護衛でもさせたのだが、自分の護衛騎士すら意のままとはいかない現状ではどうにもならなかった。
「くそっ。ルイーゼ、どこにいるんだ……!」
アルフォンスは力任せに拳を執務室の壁に叩きつける。木の壁に貼られた壁紙に血の跡が付く。
「殿下、おやめください!」
護衛騎士が血相を変えてアルフォンスを止めようとする。怪我など知ったことか。こうしている間にもルイーゼがどんな目にあわされているか分からないというのに。いても立ってもいられず、激しい苛立ちに苛まれる。
ルイーゼを教室から呼び出したのはテレージアの護衛騎士であるニクラウスであるという証言を得た。以前から不穏な視線をルイーゼに向けていたこの男が無関係とは思えなかった。そして午後二時くらいに出頭してきたので身柄を確保した。
だがニクラウスの腕の中には意識を失ったテレージアがいた。とりあえずテレージアを王宮の一室で休ませ、ニクラウスを問い詰めた。事情を聞いても黙して何も語らず、テレージアが目覚めたら全てを打ち明けるとの一点張りだ。ただ今は何も聞かずに、国境の警備を強化するようにとだけ伝えてきた。
闇雲にルイーゼを探すよりはニクラウスの話を聞いてからのほうがいい。そう判断して、ニクラウスの言葉に従い、国境への伝令を向かわせ、とりあえず騎士たちに王都内を捜査するよう指示を出した。あとはニクラウスが語るのを待つしかない。
午後三時、ようやくニクラウスの面会の連絡が入る。ニクラウスを応接室に通して話を聞くことにした。事と次第によっては他国の騎士であれ、容赦はしない。
アルフォンスが応接室に入るときに、恐らくニクラウスを追ってきたであろうテレージアと扉の前で会った。愛想笑いを浮かべる気にもならず、不機嫌な感情を隠しもせずにテレージアを応接室へ通す。テレージアにはニクラウスと並べて責任を負ってもらうことになるかもしれない。二人に話を聞いたほうがいいだろう。
テレージアとともに扉から入ってきたアルフォンスに、ニクラウスが大きく目を瞠る。
「さて、ノイマイヤー殿。全てを包み隠さず話してもらおうか」
「承知いたしました。全てをお話します。ですがその前にお人払いをお願いいたします。クレーマン侯爵令嬢のためにもなにとぞ」
ニクラウスはテレージアのほうをちらりとも見ずに告げた。
ニクラウスの言葉でピンときた。この期に及んで人払いを頼むとすれば、転生者に関する話ではないかと。
この場にいるのは宰相テオパルト、ジークベルト、そしてテレージアと数名の護衛騎士、記録係の文官だ。アルフォンスは尋問内容の記録をテオパルトに頼み、護衛騎士と文官を外に出した。人払いを済ませて再びニクラウスに告白を促す。
「私ニクラウス・ノイマイヤーはマインハイム王国のシュレマー公爵の密命を受け、ルイーゼ・クレーマン侯爵令嬢の誘拐に手を貸しました」
「密命と目的を話せ」
「はい。密命は転生者をマインハイム王国王太子側に引き渡すことです」
その言葉を聞いたジークベルトが驚いたように席を立ちあがる。
「兄上が!? 王太子殿下はそんなことをする方ではない!」
「ええ、王太子殿下はご存じありません。全てはシュレマー公爵の独断です」
「シュレマー公爵……。王太子の派閥の中心人物か……」
ジークベルトが苦しげな顔で呟いた。ニクラウスが大きく頷き話を続ける。
「はい。シュレマー公爵はジークベルト殿下の影響力を大変恐れておいでです。殿下の持つ知識が勢力図に及ぼす影響を危惧した公爵が、王太子殿下の地位を守るために対抗策として転生者の確保に乗り出したのです」
「なんということだ……。私は王太子になるつもりなどないというのに……」
ジークベルトが愕然と呟いた。
「殿下がそのつもりでも王太子殿下の派閥はジークベルト殿下の存在を危険視しています。最近ルーデンドルフ王国より冷蔵庫なる魔道具が新たに開発されたという情報を得た公爵は、ルーデンドルフに転生者がいるのではないかというアタリをつけました。そこで留学するテレージア殿下に同行させていただく私に白羽の矢が立ちました。私は地位も立場も弱い。家族を守るためには公爵の命令を受けるしかありませんでした。それに転生者は貴重な存在。公爵によって裕福な暮らしを確約してもらえるであろうことが分かっていました。平民であれば今よりも幸せになれるであろうと、そのときはそれほど罪の意識はありませんでした」
それまで淡々と話していたニクラウスがつらそうに顔を歪める。
「ですが、こちらへ来て調査を進めるうちにクレーマン嬢が浮かび上がってきました。この国の魔法省によって魔道具の開発者に関する秘密は厳重に守られていましたが、偶然にも学園の内部でクレーマン嬢が魔道具の開発についての話し合いをしているのを耳にしました。そこで初めて転生者がクレーマン令嬢だということが分かりました」
「学園内か……」
学園には基本的に部外者が入り込むことはない。だが学生が王族の場合は学園内であろうが護衛が付く。その護衛騎士という最も信頼すべき立場の人間が密偵となった事実は過去になく、学園では極めて想定外の事態といえる。
けれど防ぎようがなかったかというとそうではない。ルイーゼが転生者であるという秘密をもっと徹底して守ってやるべきだったと、アルフォンスは心から己の迂闊さを悔いた。
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