第93話 ルイーゼの言葉で
目の前で思いつめた表情を浮かべて佇むアルフォンスにルイーゼは何と言っていいか言葉が見つからない。
「アルフォンス様……」
どうしよう。こちらから何か尋ねるのは藪蛇になるかもしれない。ずっと隠していたことを話していたのだ。もし聞かれていたとしたら、隠し事をしていたことでアルフォンスを傷つけてしまったかもしれない。
(アルフォンス様はどこから見ていたの? いつから話を聞いていたの?)
うん、いくら考えても仕方がない。ルイーゼは腹を括ってアルフォンスの沙汰を待つことにした。
「ルイーゼ、ごめん。ジークベルト殿下の動きが気になってあとをつけてきたんだ。……さっき君たちが調理室でしていた話、全部聞いたよ」
「全部……」
ルイーゼはひゅっと息を飲んだ。全部聞いた……? 段々と自分の指先が冷たくなっていくのを感じる。
アルフォンスはゆっくりと頷いて話を続けた。その表情は心なしか寂しそうに見える。
「転生者、前世の知識……聞いていたけど俺には意味が分からないんだ。君の言葉で説明してくれないかな? ……それとも、まだ言いたくない?」
ここまで知られてしまった以上隠し通すのはもう無理だ。観念するしかないと考えて、ルイーゼは無言でフルフルと首を左右に振った。
――私ったら無言で首を振るとか、恥ずかしい。子供じゃあるまいし……。
「とりあえずここでは聞かれるとまずい話もあるだろうから、調理室へ入ろう」
「はい……」
ルイーゼはアルフォンスに促されて、一緒に再び調理室へと戻ることになった。調理台の傍の椅子にアルフォンスと並んで座った。そしてお互いに椅子の向きを変えて向かい合わせになる。距離は充分にとったから人に見られても大丈夫だろう……と思う。
「ごめんね、本当はこういう話をこんな場所でするべきではないのかもしれないけど、未婚の女性と密室に二人きりというのも外聞が悪いだろうから。ただ遮音の魔道具だけは使わせてもらうね」
「はい」
アルフォンスはルイーゼに断りを入れると、身に着けていた腕輪に触れて遮音の結界らしきものを展開した。薄っすらと半透明の薄い水色の幕が張られているのが分かる。初めて見たけど、このドームの範囲の音が漏れないようになっているのだろう。今まさにアルフォンスに密談を聞かれたばかりだから、この心遣いはありがたい。
「これで大丈夫だよ。それじゃ、話してくれる?」
「はい……。信じていただけないかもしれませんがいつかはお話しするつもりでした。私は以前、殿下の側で頭を打ったときに前世の記憶を思い出したのです」
「前世の記憶?」
「はい。今のルイーゼ・クレーマンとして生を受ける前に送っていた人生の記憶です」
「そんなことがあり得るのか……」
「はい、現にジークベルト様も私と同じ前世の記憶持ちです」
「そういうことか……」
アルフォンスはルイーゼの言葉を聞いてようやく納得したようだ。そして片手を顎に添えて何かを考え込んでいる。情報を一つ一つ落とし込んでいるのかもしれない。ルイーゼはそんなアルフォンスに話を続けた。
「私は前世、日本という国で会社員……商業組織の従業員みたいなことをしていました。日本は今のこの国よりも産業や文化が発達していました。ギルベルトさんと開発した魔道具の冷蔵庫もその一つです。魔法というものは一切ありませんでしたが」
「そんな国があるのか……。信じられないな」
「私にはよく分かりませんが、日本はこの世界とは別の世界にある国なんです。信じられないと思いますけど、実際にマインハイム王国ではジークベルト殿下が日本での知識を生かしてご尽力なさっているようですわ」
「ふむ……」
ここまで話した内容は、さっきジークベルトと話していた内容だ。ここからの話はもしかしたら信じてもらえないかもしれない。下手すると頭がおかしいと思われるかも。
「私の持っている記憶によると、この世界は乙女ゲームの世界なのです」
「…………乙女ゲーム?」
ああ……予想通りの反応。ルイーゼの言葉を聞いて、アルフォンスは信じられないといったふうに眉を顰めた。それはそうだろう。逆の立場だったらルイーゼでも絶対に信じられない。
「私は前世でこの世界を舞台とする乙女ゲームをしていました。乙女ゲームというのは日本で女性が遊ぶ仮想の物語みたいなもので……。ちなみに主人公はモニカさんです。私はモニカさんの恋路を邪魔するライバルの令嬢で……」
「ちょ、ちょっと待って。その乙女ゲームというのはよく分からないけど、もしかして、モニカ嬢が言っていた『イベント』とか『ゲーム』とかっていうのはそれに関係があること?」
「はい、そうです……」
アルフォンスは大きく息を吐いて真っ直ぐにルイーゼを見て微笑んだ。
「もう理解できなくても信じるしかないね。君の言うことが真実ならあのときのモニカの言動も全て納得がいく。意味不明の言葉を連ねていたから心が壊れてしまったのかと思っていたけど……そうだったのか」
「……そして私はこのゲームの辿る未来の一つを夢に見たのです」
「未来?」
「はい。未来でアルフォンス様は私と婚姻を結んだあと、十人の側妃を持って多くのお子をお持ちになります。ですが私には指一本触れないまま、二十年という月日が経っていました」
「そんな、まさか。……あり得ない」
「本当なのです。私たちはとても冷えた関係でした。アルフォンス様は『賢王』と称賛される一方で、その……失礼かもしれませんが『好色王』と国民から呼ばれていました」
「こ、好色王……」
アルフォンスが片手で自分の目を覆って天井を仰いだ。どうやらかなり衝撃を受けてしまったようだ。アルフォンスの様子は、なんだか酷く混乱しているように見える。
「私はその未来を夢で見てしまったんです。前世の日本では一夫一妻制で、夫婦はお互いに唯一の存在なのが当たり前でした。だから私はいくら好きでも自分のことだけを愛してくれる人とじゃないと結婚したくないんです」
あ、まずい。つい熱くなって言葉遣いに地が出てしまっている。夢のことを思い出すとあの可哀想なルイーゼの感情とどうしてもリンクしてしまう。そしてずっと心の中にあった燻っていた思いが次々と溢れて止まりそうにない。
「ルイーゼ、待って。落ち着いて」
「あ……」
どうやら自分で思っていたよりも興奮していたみたいだ。いつの間にか眦からひと筋涙が零れてしまっていた。膝の上に載せていた両手は強く握りこまれ拳が白くなって、掌には爪が食い込んでいる。痛い……。ルイーゼはアルフォンスに
「ルイーゼ、聞いて」
「はい……」
アルフォンスは椅子を近づけてルイーゼの両手を自分の両手で優しく覆った。そして真っ直ぐにルイーゼの目を見て話を続けた。
「俺は
「アルフォンス様……」
ルイーゼはアルフォンスのアメジストの瞳を覗き込む。ルイーゼから一切視線を逸らさずに真っ直ぐに向けられたアルフォンスの目はまさに真剣そのものだった。
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